金儲読本 理学博士

 火星に人が住んでいる  

 これは随分長い間の嫌疑で、未だに世界中の学者が色々な研究を続けている。  

 ここに火星研究に熱心な理学博士が1人いる。人知れず火星の方に向けた望遠鏡の下で、未だに何人も発見し得ない火星の正体を確かめようと独り憂き身を費やしていた。  

 誠実な努力は如何なる場合でも酬いずにはいられない。博士の研究は月に日にその目的の曙光を認めさすようになった。 「火星から信号が来た」  

 ある日の博士は狭苦しい自分の狭苦しい室の中で天井と床板に身体をぶつけながら喜んで踊っていた。  

 そうして博士の検案記録簿には、次のようなことが記されていた。 

 「火星人の科学的知識は地球人のそれに比して何倍かの鋭敏さを持っている。火星の人々は今から幾百年も前から地球に人類の棲息するすることを知っていた。 

 そして色々な方法である時は強烈な光線、ある時は強大な音響を電波で送り、ある時は膨大な磁光器で信号を続けていた。けれども今日まで何らの反響もなかった。畢竟するに地球の人類はかくの如き科学の知識には無関心なのであろうと考えていた。 

 しかるに今予の研究に依って火星人の存在を知られた事は非常なる喜びの下に、地球人の存在を迎えてくれる。火星人は自ら研究した科学の蘊奥を逡巡することなしに地球人へ伝えてくれるだろう。地球上における科学の進達は、火星人の指示によって著しき速度を見るであろう」 と、記された。  

 博士は得意の絶頂に達した。しかしそれは印刷物や新聞等によって発表されなかった。博士は更に火星人からの科学の極意をことごとく示教さるる幾日かを最も秘密に附していた。これらの知識が全く博士の手に収められた時こそ、博士という称号以外の称号を地球人は作らなければならない。その称号が出来た時、第一着にその称号を使用する者は博士以外にはあるまいと言う誇りと地球人をたった一度で驚かせてやろうと言う痛快な期待とで、博士は怠ること無しに火星の研究を続けていた。

 けれども地球人は誰一人この博士の得意を知る者が無かった。勿論家族のものすら知るはずは無かった。  

 博士の心の中には人知れず秘密の鍵を握って、踊りを続けて行く野心がいっぱいだった。突然に大金持ちになって世間をあっと言わしたいと考えて居る人のように・・・・・  

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