本書発行に就いて

  世は刻々に進化しつつある。それも最近おおよそ半世紀の我が国の変化ほど、世を挙げて目まぐるしい推移は、東西古今未だ例を見ざる所であろう。

 永き封建の夢から王政維新の大業へ、日清日露の両役から欧州大乱戦の渦中へと、その間幾多の物質文明は輸入され、幾多の新思想の潮流は来襲した。  

 而も(しかも)人文日に進みいわゆる昨日の淵も今日の瀬となって、全くその帰趨を知らないと言う有様である。従って我等の社会生活また、いやが上にも混沌複雑を極め、今や彼の寺子屋時代のモットーたる「読み書き算盤」だけでは、日常の用を弁せず、諸寺万端すべて一通り心得おかねば、一国の知識階級は愚か、世間一般の社会人としても、通用出来ぬと言う有様である。  

 それを外にしても、例えば科学の進歩は物置台所の隅々にまで及び、これを知ると知らざるとは、ただに一家の経済、便不便の上におびただしい影響を及ぼすのみならず、ひいては主婦の頭まで試験されることになる。世間のこと全てこれなれば即ちこれを等閑にするものは即ち活社会の落武者となり、これを呪うものは全て変人狂人のそしりをうけるのもやむを得ぬところである。  

 しかも大勢に順応して広く知識を世界に求めんと焦れど、読むに良書無く、聴くに適人無しと言う有様である。しかのみならず各人の繁務は益々多事多忙を極め、悠々日を追う暇無しと言うに至っては、何たる皮肉何たる撞着か。  

 本会は鑑みる所あって、「国民日常大鑑」一巻を著す。もとより現代の要求に応ずべきを期し、載せるところ知らねばならぬ今日の必須要項、各々その精を極め粋を抜き、以て一般人をして居常社会各方面の知能を啓発せしめることを目的とす。  

 従ってその所説は懇切平明、何人にも解し易く、各項また実際的にして、直ちに実際生活に応用し得る事のみを集めた。即ちこの本を以て、大方諸彦の慶福を将来すること決して少なからずと自ら確信するものである。敢えて江湖のの御清鑑を乞う所以である。  

 終わりに臨んで、題字、序文等を賜った諸先生に、感謝の意を表す。 

  大正十四年十月    国民教育会

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