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葬送のフリーレンと10月


10月は、恩師の誕生月だ。

毎年、Facebookが無邪気に通知を飛ばしてくるたびに。
喉の奥から鼻先までがぎゅっと狭まるのを、ぜんぶ秋の空気のせいにしている。

故人の誕生日とは、そういうものなのかもしれない。


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今話題のアニメ、『葬送のフリーレン』を見はじめた。

勇者パーティの一員として世界を救ったエルフ族の魔法使いが、かつての仲間たちと死別するところから、物語は始まる。

人間である勇者や僧侶と違い、主人公の魔法使い・フリーレンは非常に長寿なエルフ族である。
ともに旅した大切な仲間たちとの、寿命の違い。それは時間感覚のズレを生み、他人への執着・興味、愛を薄弱にさせていた。

初め、まるで来週の予定でも立てるかのように「50年後また皆で同じ流星群を見よう」と約束を交わし、まるで数カ月旅行するかのように「100年は諸国をうろついているからまた会えるだろう」と言い残す主人公の姿が印象的だった。

そしてついに、老いた人間の勇者は没する。
勇者の墓を前に主人公は、「"たった"10年、一緒に旅した勇者のことを、何も知らない」と、初めて涙を流したのだった。


私はそこで、いちど見るのをとめた。
鼻の奥が痛くて仕方がなかった。
それも、10月のせい、秋のせいにしたかった。

人はいつか死ぬ。
みなわかっているのに、当たり前のようにまた会えると思っている。

私もまた、「落ち着いたらご挨拶に行こう」なんて、思っていた。


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恩師は、社会人としての基礎を教えてくれ、何かあるたびに背中を押してくれた人だった。
新卒1年目で心身のバランスを崩して休職し、転職を繰り返していた私にとって、心から信頼し相談できる数少ない「大人」だった。

仕事や、人生や、ときには生と死について。
私の拙い相談を真摯に聞き、暖かくロジカルな言葉をくれ、私が出した結論を絶対に否定せず、最後にいつも背中を押してくれた。

「元気になったならよかった。でもそれは沈んじゃいけないってことじゃないから。自分の子供を見ていて思うけど、感情なんて5秒で切り替わる。それが人間として当たり前のことだと思うから」

人生を右往左往しがちな自分がいやになりそうなとき、いつも恩師の言葉を思い出す。変化していい。逃げたっていいし、また挑めばいい。

恩師がいなければ、私は変化を恐れ、逃げる勇気も挑む機会も掴めず、休職時代にそのまま線路に身を投げていたかもしれない。
新しい環境へ行くこと、今までの自分と違う決断をすることへの恐ろしさを乗り越えられたのは、恩師がいたからだ。

だから、また新たに歩みだせた場所で、仕事もプライベートも充実させて、より元気になった自分で、お礼に伺おうと思っていた。
自分の変化を信じて柔軟にがんばるので、またご報告させてください、と、メッセージを送ったのが、最後だった。

2か月後、訃報を聞いたその日。どうやっても日常生活がうまくいかず、お気に入りのマグカップを落として割ってしまったことだけ、覚えている。

もともと、難病を抱えていることは知っていた。
死について。今を生きることについて。たくさん話してくれた。
そのときの、少なくとも私が覚えている恩師の姿は元気そのもので。

いつその日がくるのか、考えたこともなかった。
仕事が落ち着いたタイミングで、またいつものようにメッセージを送って、いつもの新橋の和食屋さんで、お礼と良いご報告ができると思っていた。

訃報を聞いてから、2年が経つ。長いとも、短いとも言えない。

今も、メッセージを送ればまた暖かでロジカルな返信が来るような気がしてならない。


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この2年間、私にとって10月は、お礼とご報告の月になった。

いま頑張っていること、できるようになったこと、つらかったこと、むずかしいこと……ひとつひとつ報告しながら見上げる高い天は、心なしかさらに遠く、憎らしく、美しく見える。
後悔がせりあがってくると、急いで深呼吸して、情緒の海を情けなく犬かきしている。

ばかみたいに人間くさくて恥ずかしいけれど、生きている、と感じる。
生きててよかったとか、死んだほうがましだとか、ではなく、自分がただ生きていると感じられるのは、この季節だけかもしれない。

今、目の前を生きるこの感覚を教えてくれたのは、後にも先にもあなただけであろうと思う。

歳を重ねるたびに薄れゆく気がしてならないこの曖昧な季節が、いつかぱたりと消えてなくなったりしないよう、ただ祈るばかりだ。

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