見出し画像

『どうする家康』 第30回から 〜 市の思い

強かった兄にあこがれていた。
自分も男のように乱世を駆けめぐりたかった。

幼き日、男をまねて、高い崖から水の中に飛び込んでみた。
だが、泳ぐこともままならず溺れかけた時、自分の手を握り、助け上げてくれた少年がいた。
水を吐き出し、目を覚ますと、少年は自分をまっすぐに見つめて言ってくれた。
「これからもお助けします。必ず助けます」
その言葉を聞いて、張りつめていたものがほぐれていった。心がときめき、女に生まれて良かったと思った。

月日がたち、りりしくたくましくなった少年が再び目の前に現れた。
兄も彼を気に入っていて、自分と結び付けようとした。

心が躍った。
幼かった日の約束を彼が果たしてくれる。
しかし、すでに妻をめとり大切にしていることを知り、自分から身を引いた。

それからも淡い思いは消えなかった。
理由をつくって、会いに行ったこともある。
その頃には、自分にも誠実で優しい夫がおり、3人の娘をもうけていた。
でも、今どうしているのか、言葉だけでも交わしたかった。

さらに時が過ぎ、天下に王手をかけようとしていた兄が非業の死を遂げた。
兄に代わろうとしていたのは、昔から信頼の置けない男だった。
兄に忠義を尽くしていた家臣の妻となり決戦を挑んだが、その男が優位に立とうしていた流れは止められなかった。

今だからこそ、約束を果たすため、彼が助けに来てくれるのではないか。
そんないちるの望みもかなわぬと悟った時、市はもう生きてはゆけないと思った。そして、兄のもとへ向かう支度を始めた。

#どうする家康
#新たなる覇者

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?