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#どうする家康【岸本真澄 名場面コラム】

「殿をお連れせよ」
夫を城に戻すよう家臣たちに命じた瀬名の声は、近寄りがたいほど堂々としていた。

慈愛の心で結びついた大きな国をつくるという途方もないはかりごとに、家族だけでなく、多くの人たちを巻き込んでしまった。

夢物語ではなく、できると思っていた。戦い続けても深い悲しみと憎しみが増してゆくだけと思っていたのは自分だけではないはず。実際、疲れ切っていた者は次々に賛同してくれた。

だが、食うか食われるかという日々の現実を優先せざるを得ない者からは、冷ややかな視線が向けられた。
武田勝頼は「おなごのままごと」と言い切り、織田と徳川を分断しようとした。そのたくらみは成功し、夫は信長から暗に、自分と息子を処刑するよう促された。

夫は身代わりとすり替えて、命を守ろうとしてくれた。しかしこうした事態を招き、息子にも影響を及ぼしたのは自分。責任のすべてを背負う覚悟は揺るがなかった。

かつて自分や子どもたちを見捨てたことを悔やんでいた夫は、そんな決意を拒んだ。冷静さも失っていた。家族よりもっと大事なものがあることを忘れていた。「あなたが守るべきは国でございましょう」。そう進言したあとに発せられたのが、冒頭の一言だった。

預かってほしいと言われていたうさぎの木彫りを取り出し、自分が果たせなかった願いを託して夫に返した。「うさぎはずうっと強うございます。狼よりもずっとずっと強うございます。あなたならできます」

城に引き返せず、なおも自害を思いとどまらせようとする夫の前で、瀬名は自身の首に刃をあて、手に力を込めた。

#どうする家康
#はるかに遠い夢

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