情報の検証コストとブロックチェーン:「排他的な情報」との向き合い方について

自身の勉強とアウトプットの練習も兼ねて、最近読んで興味深いと思ったものをまとめていきたいと思います。

今週は、Cathy Barrera氏による記事「Hidden Costs of Verification」を読んだのですが、英語の原文が既にかなりまとまっていたので、今回はそれをほぼそのまま和訳した形になります。

一言でまとめると

- 情報は、「排他的な情報」とそうでない情報の2つにわけられる
- 「排他的な情報」とは、何かしらのハードルにより、誰もがアクセスできないタイプの情報のこと
- 「排他的な情報」は、ある人にとって「情報を公開しないことが得な状況(レモン市場)」を生み出したり、排他性ゆえに「誰も情報の正しさを検証できない状況」を生み出してしまうため、原則すべての情報を公開して扱うブロックチェーンとは相性が悪い
- 逆にここをうまく乗り越え、ユーザー主体の情報提供フローを設計できると、今後ブロックチェーンの適用できる範囲が広がっていくかもしれない

以下、本文です。

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今日ブロックチェーンに携わる人のうちの多くは、ブロックチェーンの最たる恩恵として「メンバー間で検証された正しいとされる情報を透明性の高い状態で扱い、それを用いて、コンセンサスをとれるようになったこと」を挙げることでしょう。

上記のメリットについて、Christian Catalini氏(MIT)とJoshua Gans氏(トロント大学)らは、「Some Simple Economics of Blockchain」という論文の中にて、経済学的な観点から考察を行いました。そして彼らは、「経済学の観点からみると、ブロックチェーンによって得られる真のメリットは、情報の検証におけるコスト削減の部分にある」と結論づけました。

しかしその一方で彼らは、「ブロックチェーンはあらゆる種類のトランザクションに対して、同様に情報の検証コストを下げるものではない」とも指摘しています。さて、これはどういうことでしょうか。

情報の「検証」とは何か?

そもそも情報の「検証(verification)」とは何か、ということについて考えてみましょう。ある情報について、それに携わっているすべての人の間で、その情報に関する合意がとれたときに、はじめてその情報についての「検証」が完了したとみなすことができます。(これがブロックチェーンのキーコンセプトである、コンセンサスの概念に関わってきます。)

この前提を踏まえた上で、ブロックチェーンの情報検証プロセスにおいて、最も重要なステップは、そのプロセス中に検証すべき情報を「いつでも公の場から取得可能な状態(Publicly avaliable)」を実現することです。

一見簡単な答えのようですが、ここで見落としてはならないのは、「すべての情報は公の場(Public)から取得できるわけではない」ということです。つまり情報のなかには、「排他的な情報」という、異なる性質を備えた情報も存在しているということです。

排他的な情報と、そうでない情報について

排他的な、あるいは排他性のある(exclusive:エクスクルーシブな)情報とは、何らかの事情で一般からのアクセスが阻まれている情報のことです。(例:有料でお金を払わないと見れない情報や、そもそも一部の人しか知りえない情報、あるいは他の情報と同時に取得できない情報など)

この「情報の排他性」には度合いがあり、スペクトラムのように幅が存在しています。

あまり"Exclusive"でない情報の例としては、「天気」が挙げられます。
例えば「明日、代々木公園で雨が降るかどうか」という賭けを行うとして、その結果を判定するには、直接公園に行って天気を観測するだけでOKです。

もちろん、物理的に代々木公園にいける人は限られてはいるので、一定のexclusivenessは存在します。ですが、代々木公園は公共の場所なので、通常であれば誰でも見にいけるし、観測に特殊な器具もいりません。よって天気は「exclusiveな情報」とはいえないでしょう。

逆にexclusiveな情報の例としては、「ある建物の構造的な安全性」などが挙げられます。
例えばその建物が個人の所有物であれば、所有者が観測にきた第三者の入場を拒むことができます。すなわち、一般の人たちが観測できない状態を生み出すことができます。
また、仮に中に入れてもらえたとしても、その建物が構造的安全かどうかを検証するには、特殊な機材がないと判断することができません。このように、情報の検証に複数のハードルが存在しているため、こちらは「exclusiveな情報」であるといえます。

余談ですが、この”Exclusiveness”を最も極端なところまで突き詰めると「個人の意思」に行き着くでしょう。
こちらは現在の科学技術では、第三者視点から「個人の意思」を読むことができないため、基本的には相手の自白や告白を待つほかありません。

ブロックチェーンが扱うべき情報の領域は?

さて、上記の情報の性質を踏まえると、現在ブロックチェーンの領域で成功しているのは、「exclusiveでない情報」を扱っている分野にとどまっています。なぜなら、これらは情報の正確性の検証にかかるコストが、ゼロに近いからです。

例えば成功しているプレイヤーが現在参照している情報は、ブロックチェーンそのものに含まれているネイティブな情報や、APIを叩いて実行するスマートコントラクトから取得した情報などです。これらの情報はexclusiveでないため、その検証にかかるコストはほぼゼロに等しいです。

今後ブロックチェーンの活用領域を広げていくには、「特定のトランザクションを実行するにあたり、そこで検証されるべき情報が何であり、その情報をアクセス可能・かつ検証可能にするには、どのような組織構造である必要があるか」といった質問に対して、答えられる必要があります。

ブロックチェーンと情報の検証、考えるべき2つの課題

さて、Exclusiveな情報を検証可能な状態(=パブリックな状態)にする際に乗り越えなければならない課題が、大きくわけて2つあります。

1つ目の課題は、情報提供者の自己検閲問題です。すなわち、

①ある人(情報提供をすべき人)しか知らない有用な情報がある
②それが非公開であることによって、その人にメリットが生まれる
③またこのような状況において、情報を公開しないという選択肢がとれてしまう(=自己検閲できてしまう)

このような状態において、起こる問題の典型例として、レモン市場の例があります。

長らく経済学者の間で、中古の自動車市場において、売り手と買い手の間の情報の非対称性が存在していることが指摘されています。この場合、売り手(販売ディーラー)は、売り手しか知りえない中古車に関するネガティブな情報を、買い手には伏せたまま、売りさばくこともできてしまいます。これを経済学の用語で"Lemon market"(=不良品ばかりが出回ってしまう市場)と呼びます。

上記のレモン市場問題を解決しようとした会社として、Carfaxが挙げられます。Carfaxは、アメリカの中古車市場において、車の走行履歴を管理・データベース化している会社です。
しかし、Carfaxにひとつ弱点があるとすれば、それは「Carfaxのリソースが及ばない空白地帯からは、車に関する情報を集めることができない」ということです。すなわち車の所有者は、「Carfaxに情報を提供していない修理屋さん」を狙い、そこでキレイに車を修理してもらえば、本来は酷い中古車でも望み通りの高値をつけることができる、というわけです。

このようなチートが存在している状態では、例えいくらCarfaxが頑張ったとしても、逆にCarfaxが持っている情報そのものの信頼性や、価値まで下げかねない事態になってしまいます。

このような状況にて、「ブロックチェーンを使って透明度高く、改ざんできない形で中古車情報を記録しよう」という試みを行うと、かえって逆効果です。Carfaxのように中央集権的な体制では車のどんな情報が見られているかがブラックボックスになっていましたが、ブロックチェーン上でどんな情報が集められているかが公開されている場合、車の所有者は、ブロックチェーン上では見られない部分に関しては、性善的に振る舞うインセンティブがありません。長期的には、ユーザーからより重要でない情報ばかりがブロックチェーン上に提供されるようになるでしょう。

この場合結局のところ、情報の検証コストは、既存の中間代理店の手を借りるモデルに比べてはるかに高くつくでしょう。

このようにユーザーによる自己検閲が懸念される領域においては、ユーザーがブロックチェーンに貢献するように仕向けないと、システムが成立しません。
(ちなみに今回の例の場合、仮に全米の中古車修理店がこちらのブロックチェーン上の情報管理プラットフォームに参加した場合、車の所有者手動のシステムと比べて、成立する可能性が高いでしょう。なぜなら、中古車の修理店は車の所有者に比べて数が少なく、また彼らが競合することは少ないため、そもそも情報を偽るインセンティブ自体も少ないと考えられるからです。)


2つ目に乗り越えなければならない課題は、経済学者の間で「Cheap Talk」と呼ばれている行為です。
情報の検証者は、実際に検証を行わなかったとしても、口で結果を言うことだけならば、低コストで簡単にできてしまうのです。例えば先程の「建物の構造的な安全性」の例の場合、建物の所有者や、あるいは検査を実施した人は、本来の事実にかかわらず「この建物は安全だよ」ということができてしまいます。

つまり、exclusiveな情報に関しては、集団がその検証結果について妥当に判断できる基準を持ち合わせていない場合、情報提供者・および情報の検証者によるCheap Talkがまかり通ってしまいます。このような場合、正規の検証プロセスが行われても、検証を経たはずの情報が「まったくもって真実でない」という事態が起こり得てしまいます。

例えば、exclusiveな情報を扱う、アートのオークション販売プラットフォーム(その作品は本物かどうか?という情報を扱います)の例を見てみましょう。

サザビーズなど、既存のアートの販売業者は、専門の鑑定士を雇って作品に対して真贋鑑定を行うことで、買い手からの信頼を担保する構造になっています。ここの信頼が担保されているからこそ、はじめてこの市場が成立するのです。

自己検閲の問題と同様に、分散型台帳単体には、このCheap Talk問題を回避する術は備えられていません。

アート販売の例は、真贋の判定に専門的な知識が必要であるという点で、exclusiveな情報を扱っている市場であるといえます。このような構造においては、一般ユーザーが「このアートの鑑定士が本物を見分ける能力を持っているか?」という問いを検証する必要がありますが、ユーザー自身が素人であれば、その鑑定士の鑑定結果が本当に正しいかどうかは判別がつきません。プラットフォーム内の検証者がCheap Talk問題を乗り越えられない限りは、そのプラットフォーム内の情報に信頼を寄せることなど、到底不可能なことでしょう。

つまるところ、公の場からよりよい情報を取り入れることで、既存のプラットフォームを上回る/刷新しようとするブロックチェーンスタートアップたちは、ブロックチェーンをどのような文脈で活用するかによって、情報の検証コストに大きな違いが出ることを認識しなければなりません。そして、それぞれのプロジェクトごとに、情報提供/検証のフロー設計においてまったく異なる挑戦が待ち受けているであろうことを、認識すべきでしょう。

お役立ちチェックリスト

情報が検証されるプロセスを一から設計する際には、下記のポイントについて事前に確認すると良いでしょう:

▪そのプラットフォームの運営に必要な「情報」はなにか?
  - パブリックに取得可能な情報はあるか?
  - その情報は、「exclusive」な情報か?

▪情報提供(コントリビューション)が認められている人は、誰であるべきか?
  - その情報を取得するのはどのポジションにいる人か?
  - 情報の取得・検証には専門性がいるか?
  - 潜在的なバイアスや、コンフリクトが存在する可能性はあるか?

▪コントリビューター(情報提供者)が「正しい情報」を提供していること、そして彼が「持ちうる情報のすべて」を提供していることについて、どうやったら確証をもてる仕組みを作れるか?
  - コントリビューターになるにあたって、必要な要件はあるか?
  - 市場に参加している人々の間で、コントリビューターに関する情報はどのように共有されるのか?
  - コントリビューターが設定したルールを守らなかったらどうなるか?

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以上、本文でした。様々なブロックチェーンプロジェクトのWPを読んであとに感じる「本当にそのモデルでうまく行くのか??」というモヤッとした感情が、この記事のおかげで解消しました。

来週以降も、時間をみつけては、つらつらと整理したいと思います。

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