生活の音

生活の音。一つ一つから意味が想起され、組み合わされ、勝手に人の内情を慮る。幼少期に子供ながらに自衛で培ったオートマチックな無意識の癖が大人になってからも抜けない。家では気が休まらず、回復しない場所となる。人と暮らしていると人が疎ましくなる。これは長年困っていたもので、いよいよ解決しようと決意し、内省した。

音は空気の振動でしかない。音を受け取った内耳から電気信号に変換され大脳へ。一部励起した記憶と連動してパターン認識し、オートで意味が発生する。意味は自身の内面で発生しているだけで、意味は自身の外にはない。現象しか無い。そもそも現象すら怪しい。

問題はオートで意味を発生させているメカニズム。ここを"観る"ことにした。恐れずに生活の音を聞いて、自身の内面にどのような意味が発生してるかを"観てみよう"。何に怯えているのか。どのような意味を発生させているのか。まだ父と話ができることに感謝し、この音から内面にこんな意味が発生したけど、どういう意味を与えようと思ったか聞いてみよう。父はたまったもんじゃなかろうな。

きっと何の意味も与えようとはしていない、生活の音。


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