かまぼこ型倉庫のルーツをたどる

最初の一歩

 朝日の旗がはためく黒塗りの公用車が松代に止まったのは、満州事変があった昭和六年のことであった。

 食堂ののれんをくぐったお腹をすかせた新聞記者は、浦川原へ取材の途中であった。彼こそ、熊沢という松代のトンネルと鉄道の長い歴史を始まらせるカギを運んできた男である。名物の蕎麦に舌鼓をうつ熊沢の隣にたまたまいたのは、松代で自動車を使った運送業を営んでいた柳常次と、市川庄一郎であった。

「十日町方面から車で来たんですがね、いや、道が悪いの悪くないのって…浦川原はまだかかりますかね?」

 柳たちは見慣れぬ都会風の男に突然話しかけられてどぎまぎしたが、

「そうだのー。ものの小一時問というところでしょうかのー」

「そうですかそれならまだ時問がある。…あ、申し遅れました。私は新聞屋でしてね、この辺の冬の生活にちょいと興味がありまして、少々お話を聞かせてもらえないでしょうか?」

と興味深そうに熊沢が聞くと、

「冬かえ。雪ばっかりで、面白い話なんか、ねえーの。道という道はどれも雪で使えねえーし。だすけ雪の季節は、家に閉じこもったきりそえ。それでも、郵便配達や、食料品などを担いで町から来る人もわずかにいるがの。まさに命がけのことんがーで」

柳たちは身近な冬の暮らしを切々と話した。

「それは、本当に大変だ。なんとか改善できないだろうか。雪を人間のカで減らすことは、何とも難しい話だが、山を貫いて、道路、いや鉄道を通すという手が考えられますね。物資の輸送、人間の輸送ができなければなかなか開けていけませんね。」

と熊沢は発した。

「山に穴を開けて鉄道を通すだなんて、そんな夢のような話!」

「いいえ、これは夢ではありません。既に日本でいくつか作られているのですよ。あなたたちの知恵と行動力できっと出来ます。おっと、こんな時問ですね」

 熊沢は勘定を払って風のように消えていった。

 さて、残った二人は松代に走る汽車を夢見て動き出した。地区の有志を募り、松代のとある酒屋の二階で第一回目の会議が行われるまでに時間はかからなかった。残念なことにその時の会議の記録は残っていない。大きく夢に満ちた会議だったのだろうか。それとも、保守的な人たちに相手にもされない、沈んだ会議だったのだろうか。これが、長い長い鉄道建設に至る第一歩であった。