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無限の期待

アウトプットに掛けられる時間が不足してるのでひとまず文を電車の中でポチポチと書きます。

グデイ・ザ・スーパースタア

月曜日の夜からグデイという2人組のアイドルを観に行った。彼女たちのことは先月のお笑いイベントで知って、可愛いなぁとはもちろん思ったけどそれ以上に開演前に流れている曲がすごくいいな、と思ったのがキッカケで聴くようになった。
35分のステージをMCも挟まずにひたすらと歌って踊って走り回っていた。すごすぎる。あまりにもキラキラしていて、とびっきりの笑顔に圧倒された。ノり方が分からなくてほぼ棒立ちだったの申し訳なかった。次はカメラを持って行こう。

女性1,000円のチケットだったからお得なのもそうだけど女性客多めで行きやすいかな、なんて思ってたのに4人とかだった。滅茶苦茶に目立ってしまい、気まずさを代償にファンサをたくさんもらった。ありがとう🥺💙💜

特典会はミーさんのサイン入りチェキにした。近くで見るミーさんあまりにも美人でした。明るく話してくれて超可愛かったな…!
ゆうさんは金曜日にまたチャンスあるからそのときにお話ししたいな。
(撮りました!ぐでんぐでんに酔っ払ってた!)

絵描きと認知

「絵を描いてる人」としてアカウントが認知される機会が増えた。思ったよりも本人にダイレクトに届いていて、折角描いた絵だから見てくれるのとっても嬉しいし特典会とかで顔も覚えてくれて、「描いてくれてありがとう」と言ってくれるのはとっても有難い。

それを大前提として。

わたしは認知されるのが怖い。
本当にすごく勝手な話だと思うよ、好きな人から名前と顔を覚えてもらえるの普通に嬉しいし、好きな気持ちが届いてるってことを喜んでもいるのに怖いだなんて。
でもね、やっぱり相手に届くのは怖いよ。普段の言動で配慮を欠いてるつもりはないし、見られてもいいか考えて発信してる。けどさ、そういう心づもりでいるってのと本当に見られているというのは別物だよ。
届くのが好きな気持ちだけだったとしても傷つける原因にならないとも限らないし。アイナナのオタクだからさ、そんなことも考えちゃう。

アイドルを苦しめるのは、いつだって、好きの感情なんだよ。
アイドリッシュセブン/第2部第4章「無限の期待」

「ネットの声だから」と流し見できる声と比べて、ちゃんと顔が分かってる人からの声が与える影響はたぶん何倍も強い。その声を、少し大きく聴こえてしまう声をわたしは上手く使えるだろうか。

それともうひとつ。

「絵を描く」というのはかなりコスパが悪くて、絶対数が少なくて目立つ手段だと思う。絵描きはあまり気づいていないけれど、文章を書くより難しいと認識されやすい。実際はそんなこともなくて、わたしは文章を組み立てるより頭の中の画を描けるように直して手を走らせる方がラクなんだけど。

だから、絵を描くと喜んでもらいやすい。というかほとんど喜んでもらえる。喜ばなきゃいけない圧すらある気がしてしまう。
ひねくれてる。そんな事ないよ、気に入ったから、嬉しいから反応するんだよってわかってるよごめん。
でもさ。正直好みじゃない絵柄とか、上手くないとか、似てないとか、あるじゃん。わたしはあるんだ、後からうわ全然似てないなと思った絵に「めっちゃ似てる!ありがとう!!」っていう引用RTがついたことが。ありがとうのカツアゲしてる気分になって今は該当ツイート消しちゃった。

自分のことも、自分の絵のことも、可愛いと思ってるし昔よりは好きなんだけどね。
相手が向けてくれるポジティブな気持ちを否定するのは本当に失礼だと思うから明るく「ありがとうございます!」って返すんだけどね。

どれだけ頑張っても完璧にはできないから落ち込むし見ないでって思うことも多いんだよな。
今まで関わりのなかった色んな人の目に触れて、好きな人たちとの接触が増えて認知されるようになって、ずっともやもや思っていたことでした。

せめて、いつまでも敬意を持って、丁寧に接する気持ちを忘れませんように。


馴れ馴れしすぎ自称関係者ヲタ、てめーらみんな銃殺刑だ