リモートワークとプラモデル
未曾有の自宅ブームである。
家から極力出ずに、寝て起きて仕事してメシ食ってのループ。
出勤ゼロ秒、退勤ゼロ秒。これまでみたいに飲み屋に友達と集まってワーワー言ってるうちに酩酊して「今日もプラモデルを作る暇がなかったな……」なんて日ともサヨナラだ。
幸い、われわれプラモデル大好き人間の家には売るほどプラモデルがある。「家にこもってプラモデルを作ろう!」なんてスローガンを他人に突きつけられるまでもなく、プラモデル作り放題のシーズンがやってきた……はずだった。
こんなチャンスでもなければ、タミヤのフラッグシップモデルである1/32スケールの飛行機になんて手を付けないかもしれないと思い、いつか作るぞとストックしてあったでっかいコルセアの箱を開ける。
どうだ、オレにはたっぷり時間があるぞ……と説明書を舐め回すように読み、精密でカッコいいパーツのひとつひとつをしげしげと眺め、そしておもむろに組み始める。テンションは最高潮。このまま一気にケリを付けてみんなに自慢してやろうと作業はガンガン進む。
とはいえ、一日には限りがある。通勤がゼロ秒だろうが、どこかで寝なければ一日は終わらない。今日はここまで、とキリのいいところで組み立て途中のパーツを肴にビールを飲んで就寝。
あくる日、仕事を終えてさあ続きをやろうと思うはずが、そうでもない。これは単にオレが飽き性だからなのか、今日の仕事が案外しんどかったからクールダウンしたいのか、なんだかわからんが今日はプラモを作る気分に切り替わらない。
その翌日。やっぱりプラモじゃない。
その次の日。待ちに待った土曜日のはずが、やっぱり寝坊がうれしいことには変わりない。夜は延々DJ配信を見る予定だから、それまでの時間は平日にできなかったあれやこれやに手を付けよう。
日曜日、壮絶な二日酔い。一歩も家から出ないと身体が崩壊してしまうような気がして、スーパーに少しだけ買い出しに。
……オレ、本当にプラモデル好きなんだっけ?
そんなことを考えそうになりながら今日は少しだけ作業を進めようと心に決めて、晩飯のあとにエンヤコラと主翼の基部を組み立てていた。
たとえば機体の色は何色にしようか、と想像する。塗料のずらりと並んだ模型店の棚を思う。このメーカーのブルーはいいな。こっちのメーカーはこんなブルーを出しているのか。意外なメーカーが微妙な色調の青をふたつラインナップしていて、どっちがマッチするかはテストしてみないとわからんな。そういうことを考えながら塗料の棚の前で瓶を出したり入れたりしている自分を思い出す。
でっかいコルセアもいいけど、息抜きにパッと組める1/72のレシプロ戦闘機を挟んでテンポを変えるのもいいな、と想像する。飛行機模型の並んだコーナーでハセガワの白いパッケージとタミヤの写真パッケージに挟まれて、ぐるぐる回りながら「そういえばこれ、良いキットだって聞いてるけど組んだことないなぁ……」とつぶやきながら、箱の中のランナーを覗き見ている自分を思い出す。
仕事終わり、電車の中で携帯を眺め、今日これから組む場所がどんな雰囲気だったか、自分で撮ってきた実機の写真をグーグルで探す。お、この人もオレと同じプラモを組んでいるな。そうか、ここは説明書と少し違う手順で組んだほうが手早く進むんだな。ああ、ここは最後に見えなくなるから塗らなくてもいいのか。役に立つブログだ、ブックマークしておこう。
「昨日、こんなプラモのこういうパーツがあって、普通ならこう噛み合わさると思うじゃないですか、それがこんなふうに切り欠いてあって、バチッとハマるんですよ、すごいよね!」と会社の同僚と昼飯を食いながら毎日毎日話していたことを思い出す。「このプラモ、こんなふうに塗ってこれと組み合わせるとイカした情景になるよね」とか。
プラモを作る行為は孤独だ。ある意味では。
しかし、こうして家から出ない毎日、ゼロ秒の出退勤、いつでもニッパーを握れる環境にあって、プラモデルはもっともっと広いフィールドにまたがった、いろんな体験の統合であることに改めて気付かされる。
プラモ自体が気分を変える役割を果たしていたこと。仕事モードから本当のプライベートに切り替わるクールダウンの時間が本当はあったこと。プラモを探すでも、塗料を見定めるでもなく、ただプラモ屋さんの棚の間をジグザグに歩くことが刺激的でたまらなかったこと。そして、通勤してプラモ屋さんに顔を出すだけでも、少しは体を動かす役に立っていたこと。
そのひとつひとつが愛おしいし、同じ趣味を持つ仲間とプラモのことを真剣に、ときには冗談交じりに毎日毎日話していたことが、プラモデルという趣味の大きな大きな部分を占めていたんだということに驚かされる。
これを読んでいるみんなも、たぶん大なり小なり同じ気持ちを抱いているはずだ。
死ぬまでに作りきれないプラモデルにじっくり取り組める日が来たはずなのに、それを窓の外でどんよりと覆い隠してしまうこのところの空気と、自分のモチベーションのあやふやさと向き合う日々は、なんだか切ない。
だからこそ、プラモデルについておしゃべりしよう。
作るのもいいが、作れなくても大丈夫だ。いま家にはこんなプラモがあるぞ。いま家にはこんな色があるから、これを使ってこんなプラモを塗ってみたいぞ。このパーツ、見ているだけでもウットリするぞ。今日は通販でこんなプラモを見つけたから、試しに注文してみたぞ。
なんでもいい。
家にいるのが大吉だ。なのにどうしてもプラモに向き合えなくなっているプラモデルファンはたぶんいっぱいいる。でも、プラモを知らずに家で「何をしようかな」と悩んでいる人はもっともっとたくさんいる。
写真を撮って、プラモへの思いをいっぱい語ろう。
作るペースはいつもどおりだったとしても、僕らがプラモ好きであることには変わりない。プラモの正体が、プラモ好きな仲間との繋がりだったなら。家にいるのが大吉のいまは、仲間を増やす絶好のチャンスであるはずだ。
■記事はここで終わり。この下にはタミヤ1/32コルセアのイケてるランナーの写真とイギリスで撮影した実機の写真がおまけでくっついてます。この記事を読んで「そうだね〜」と思った人はぜひ見ていっていただければ幸いです。またね。
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