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本で巡る狩猟世界 【猟師編】

『けもの道の歩き方 猟師が見つめる日本の自然』

千松信也/〔著〕
リトルモア 1,728円 ISBN:978-4-89815-417-5

『ぼくは猟師になった』の著者第二作。
前作は狩猟の世界に足を踏み入れその経験を書き記したものであったが、二作目となる本書は狩猟に対して俯瞰した視点が印象的だ。現在の狩猟を形作った国の方針や行政の対策など社会的な経緯や、野生動物と自然環境の変化への眼差し。これはひとえに東日本大震災と福島第一原発の事故の後であるからだろう。
豊かな狩猟文化を持つ東北から関東が影響を受けている無視できない深刻な状況である。
 また今回は章ごとに細かな注釈がふられ、著者のエッセイの言葉の背景が詳しく知ることができるようになっている。
狩猟獣の紹介では「ノイヌ」と「ノネコ」が狩猟獣となっていて、しかもノネコは日本の侵略的外来種ワースト100に入っているなど面白い。


『女猟師 わたしが猟師になったワケ』

田中康弘/著・撮影
エイ出版社 1,620円 ISBN:978-4-7779-1993-2

 タイトルこそ「女猟師」だが、読むと女性を意識させないタフな人たちばかりの本である。
自らの畑の自衛のため。レストランの食材として猟をする女性。凄腕の職業猟師。猟犬である飼い犬のために猟を始めた女性。
猟に同行し山を歩き、解体から食までを丁寧に取材し、猟師の勧める生肉を食べて食あたりになったりと著者の田中氏の体を張ったルポが面白い。
中には山の怪談話も差し込まれ、これは後に同著者の『山怪』(山と渓谷社)にまとまると思うと面白い。
 女性の猟師という、珍しいと感じられる立場から浮かび上がる狩猟に対する周囲からの視線。そこには好意からは程遠いクレームや殺生への批判がある。そしてそれらを彼女たちは常に意識し配慮している。ここにはそれぞれの女性たちが生き物を自ら殺めているからこその覚悟と信念がある。


『山と河が僕の仕事場』

牧浩之/著
フライの雑誌社 1,728円 ISBN:978-4-939003-64-6

狩猟とフライフィッシングの職業猟師(釣り師?)という珍しい本。
フライフィッシングは毛鉤を使う釣りだが、毛鉤の材料となるのは獣毛だ。水鳥からウサギ、鹿の毛などから、魚が捕食する昆虫などに似せた毛鉤を巻く。これをタイイングといい、作った毛鉤を販売する仕事をプロタイヤーという。著者は、プロタイヤーとして仕事を始め、宮崎に移住して狩猟を始める。
 タイイングの材料が殺めた獣からのものというのはフライフィッシングをする者にとって意識せずにはいられない。それを自ら猟師となって、食肉だけでなく毛皮までも無駄なく生かす専業猟師兼毛鉤職人という著者の立場は、究極の毛鉤釣り師の姿かもしれない。
 宮崎へ移住し新しい生活から地元の人々との深い交流。なんと濃密な生き方なのだろうと羨ましく思う。


『山賊ダイアリー 1』

岡本健太郎/著
講談社 イブニングKC 596円 ISBN:978-4-06-352391-1

現在、唯一の本格猟師漫画。
いま狩猟を志す若い人が増えているという。そしてその彼らが狩猟へと志したのが漫画『山賊ダイアリー』である。
一ページ目、いきなり野うさぎの糞を食べるシーンで驚く。
イラストで綴られる猟師生活の日常は、淡々としていながらも、ワイルドな生活が面白い。
空気銃から罠猟、釣りを駆使し、獲ったものは何でも食べてみる。鳩、ウサギ、カラス、マムシ、鰻、食べるために獲る。狩猟を通して人々と繋がり、仲間とともに過ごす狩りの時間は、著者の漫画の独特のテンポと相まって魅力的だ。
現在、第二種狩猟免許(空気銃)を取る若者が多いのはこの本の影響だという。狩猟の世界の敷居を下げたヒット作である。


『狩猟サバイバル』

服部文祥/〔著〕
みすず書房 2,592円 ISBN:978-4-622-07500-4

いま、狩猟界で一番目立っている男、服部文祥氏の『サバイバル登山家』に次ぐ第二作。
前作では、食料現地調達、電気を使う道具も持たず縦走登山をするという著者のスタイルを確立した本であるが、そのなかで「自分で食べるものは自分で殺したい」と語っていた著者が本作で狩猟の世界に足を踏み入れるのは必然であった。
 服部氏の本の魅力は矛盾に満ちていることである。
「狩りとは、無関心の対極にある愛に似た概念」と言いながらも、動物を殺めることに戸惑いや言い訳をこぼし、「私はただ、面白いから狩猟をやっている」という発言まで飛び出す。
また作家としても活躍している著者の卓越した文章力は、ノンフィクションということを忘れるほど内省的で私小説的だ。
かなり先鋭的でエキセントリックな狩猟本なので真似は難しいが、狩猟についての読み物としては群を抜く傑作である。


『ツンドラ・サバイバル』

服部文祥/〔著〕
みすず書房 2,592円 ISBN:978-4-622-07918-7

服部文祥氏のサバイバルシリーズ第三作。
前半は、テレビ番組の取材を伴ったサバイバル登山で滝から滑落し、その一部始終をテレビで放送された伝説(?)のエピソードと、後日その場を訪れ、滑落の検証をする。
 滑落後に「ここにヘリコプター呼べるかな」と言った23ページ後に「私は遭難救助は登山を汚すと思っている。通常死ぬより汚れるほうがましだというだけだ」と語る服部氏の大いなる矛盾。また「余計な殺生をしないで済んだことに安堵し、銃を依託して撃ったのに外したことが苛立たしい」という矛盾。このブレない矛盾が服部氏の真骨頂である。
 そして後半は、これもテレビ番組の企画で、ロシアの北極圏にある隕石の衝突でできた湖に生息するといわれる新種のイワナを釣りにサバイバルの旅をするというものである。この旅は涙無くしては読めない。ツンドラ地帯で偶然出会った一人の猟師ミーシャと服部氏の、言葉を超えた狩人同士の対話。服部氏のそれまで行ってきた矛盾を抱えた狩猟サバイバルの正解をミーシャに見い出す「答え」。
 そして出来過ぎともいえる結末。
是非とも同著者の『狩猟サバイバル』と併せて読んで欲しい。


『ぼくは原始人になった』

マット・グレアム/著 ジョシュ・ヤング/著 宇丹貴代実/訳
河出書房新社 1,944円 ISBN:978-4-309-20720-9

腰布にサンダルという、それこそ原始時代のようなスタイルで生活をする著者のサバイバル本。
 自分で作った原始時代の道具と装備でパシフィック・クレスト・トレイルに挑戦して、あまりの重さに途中で装備をナイロンやサンダルに改めるなど準備もテストも不十分で苦労したりと、サバイバル登山初期の服部文祥さんのような人。
川の近くで釣り糸と疑似針の箱が見つかった時には、「大地に心から信頼を寄せれば、魔法のような出来事も起こりうる」とご都合主義と思えなくもないところもある。
しかし狩猟に関しては独自の哲学があり、アストラルという投げ弓か、弓矢、そしてブーメランを使用するというこだわり。
哲学とスタイル先行のきらいもあるが、そのあたりが特異な人でなく普通の人の目線でもあり、読んでいて親しみが湧いてくる。


『猟師の肉は腐らない』

小泉武夫/著
新潮文庫 680円 ISBN:978-4-10-125946-8

とにかく猟師の義っしゃんの魅力に尽きる。
渋谷の酒場の店番をしている義っしゃんは、店の酒を飲みすぎてクビになり、京都で坊さんのバイト、エビの買い付けで船に乗りギリシャ、そしてインドと、その各地で著者と偶然出会う。数年後著者の元に突然届いたウドと手紙から、義っしゃんは故郷である福島県の八溝山地に戻っていた。著者はそして勢いにまかせ義っしゃんのもとへ訪れてみると彼は自給自足の猟師生活をしていたのだった。義っしゃんはただの猟師ではない、それまで様々な仕事を渡り歩き、多くの生きる知識を身につけている。その並外れた適応能力をして猟師になったのも天職ではないかと思わずにいられない。
 そして猟の相棒である猟犬のクマとの関わりは、人獣を超えた絆で結ばれている。放し飼いのクマは明け方になると捕まえた鳥や兎を食べずに小屋の前に並べておくのだそうだ。それだけでも驚きだが、それを義っしゃんが料理し、それをクマは美味しいそうに食べるという。義っしゃんに料理させているのである。また魚釣りでは釣った魚を人間より多くクマに分け与える。同行した著者も感心するように、義っしゃんの心豊かな人柄が滲むエピソードである。
「猟師の肉」というよりも、猟師の心は腐らないのだと読後に気づく傑作小説である。


※ムック『狩猟生活 vol.1』地球丸(2017年2月)に掲載されたものです。
地球丸より 現在(2018年10月)VOL.4まで発売中


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