90.野良猫カク最後の冒険

昔々ある町でのお話です。  この野郎!ガラガラガシャーンと音が響き渡り肉屋の店先から飛び出して来たのは‥野良猫のカクです。         カクは咥えて来たソーセージの束を下に下ろしぶつぶつ文句を言っています。はぁはぁ、チックショーしつこい親父だ。  たかがソーセージの一束くらいで包丁を振り回して追っかけてくるなんて。
カクはこの界隈では有名な泥棒猫なのです。
カクが戦利品のソーセージにいただきまーすとかぶりつこうとしたその時、後ろから声がしました、
美味そうなものを食べてるみたいだな、お前さんの身体にはちょっと多すぎないか?俺が手伝ってやろうか。
カクが恐る恐る振り向くと目の前にカクの数十倍はあろうかと言う真っ黒な犬がヘラヘラと笑っているではありませんか。 笑う口元から覗くギラギラとした鋭いキバ。あんなのに噛みつかれたら一発で頭と胴体がおさらばしそうです。!やばいっ。 カクはソーセージを咥えて走り出しました。「冗談じゃねえ。逃げるが勝ちだ。」
ところが振り返ると犬も追って来ます。
「へへっまさか逃げられるなんて思ってないだろうなぁ。」
犬はそう言いながらどたどたと走って来ます。
カクが五歩走る間に犬は大股一歩で迫って来ます。
「どうしたんだい、仲良くしようぜ。」犬がそう言った時、カクは身を翻すと脇の路地へと駆け込みました。
ところが入った路地には一人の老人が。
この町では昔王様が戴冠式の最中に飛び出して来た猫に驚いて大事な冠を落っことしてバラバラにしてしまい、それから猫は不吉の象徴として人間に出っくわしたらぶっ飛ばされ散々な目に遭い命を落とすことも珍しくなかったんです。      老人はこちらを睨みつけました。なんて恐ろしい顔でしょうか。
カクが恐怖で凍りついていると老人の目が光り持っていたゴツゴツした杖を振り上げていきました。後ろからは犬の足音が迫ってきています。もうダメだっ。カクは怖くて目をつぶってしまいました。
グアラグアッキーン!この世の物とも思えない音が響きカクは気を失ってしまいました。
気がつくと目の前にあの犬が口からベロをだらんと垂らし倒れているではありませんか。
あれっ?どこも痛くないぞ?カクが不思議がっていると老人が言いました。
「ワッハッハ、どこもケガはないかの?それにしても情け無い奴じゃ、ワシを見て腰を抜かすなんてのぉ。」
え、それじゃじいさんが?カクは信じられませんでした。
だってこの町で人間が猫を助けるなんて。
老人は笑いながら犬のお尻を蹴飛ばしました。
気がついた犬はキャーンと一声鳴くと一目散に逃げて行きました。
「これで大丈夫じゃ。どうしたんじゃ、そんな不思議そうな顔をして。納得がいかんのかの。
まぁ気にするな。おんなじ町の仲間じゃないか。」          そう言い残すと老人は去っていきました。仲間かぁ。カクは今の出来事が信じられませんでした。            

それから何年かが過ぎたでしょうか。今日も食い物を失敬して来たカク。
身体中傷だらけで左足も曲がりカクはもうすっかりお爺さん猫になっていました。
季節は真冬。もう夕暮れ。カクは町外れの寝床に足を運んで行きます。
昼過ぎから大粒の雪が降り積もり始めています。
町外れまで来た時にカクはあたりに変な匂いが立ち込めているのに気づきました。
おかしいな。こんな雪の中歩く人間なんていないはず、しかもこんな町外れに。
よく見ると道端に一人の人間が雪に埋もれて倒れているようです。
(誰だろう?)そばに寄って見たカクの鼻に昔嗅いだことのある香りが。
(?この香りは、まさか。)そこに倒れていたのはあの時の老人でした。
ひどく弱って身体は氷のように冷たくなっています。
ニャー(じいさん、しっかりしろ。こんな所に寝てたら死んじまうぞ。)
老人が目を開けます。「おお、お前さんはあの時の。」
ニャー(覚えてくれてたのか?しっかりしないと。)
「ワシはダメじゃ。足をやられて動けないんじゃ。
ニャー。カクが思い切り引っ張っても猫の力ではどうにもできません。
こんな天気の夕暮れに町外れを通る人なんているはずもありません。
その時カクの頭の中に恐ろしい考えが浮かびました。
町のはずれに一軒だけ明かりを付けている店。いつも荒くれ男達が酒を飲んで騒いでるあの店。
町の中でも猫嫌いが集まる店、その名も黒猫の墓場という酒場。
そのドアには哀れな犠牲者となった猫達のシッポが切り取られ沢山風になびいているという恐ろしい場所です。
カクは震え出しました。でもそれしか方法はないようです。
カクは迷った末にニャー(爺さん待ってろよ。)と一声鳴いて老人の冷たいほほをペロッと舐めて走り出しました。
降りしきる雪の中を弾丸のように走って行くカク。短い手足を懸命に広げて全速力で走って行きます。
良く聞いたらカクは何か叫びながら走っていました。怖くないぞ、怖くないぞ。
そう自分に言い聞かせながら跳ぶように走って来たカクはやがて黒猫の墓場の前に着きました。
中からは男達の声が響いています。カクは名残惜しそうに自分のシッポをポンと叩くと酒場の中に踊り込みました。
男達が沢山飲めや歌えやの大騒ぎです。
カクはテーブルの上で湯気をたてている七面鳥の丸焼きの上にしっかりと足を踏ん張ると思いっきり息を吸い込み一声ニャーーオゥと叫びました。
しーんと静まり返る店内。
一瞬男達は動きを止めてカクを見ました。誰かが殺っちまえと言ったその時男達はカクに飛びかかって来ました。     カクは床から天井からそこら中を飛び回ります。店の中は上を下にの大騒ぎです。
逃げ回る内にカクはあちこちに焼けるような痛みを感じました。
はぁ、はぁ、この辺でいいだろう。カクは表に飛び出しました。
後ろから男達が手に手に棒を握って追いかけて来ます。身体中血だらけになってヨタヨタと走るカク。
もう少しだ。もう少し‥ほらこっちだよ。その内にだんだん走っているのか歩いているのか、どっちが上でどっちが下かもわからなくなり目の前が真っ暗になったかと思うとカクは倒れてしまいました。
気がつくとカクは部屋の中に寝かされていました。赤々と暖炉が燃えています。
おぉ、気がついたようじゃ。老人が話し出しました。
ありがとうよ。お前さんが酒場の男達を連れて来てくれなかったらワシはもうだめじゃった。お前さんはワシの命の恩人、いや恩猫じゃ。
そうか、良かった。じいさん助かったんだね。
カクは安心したように背伸びをしました。
身体中は傷だらけで丁寧に包帯も巻いてくれています。
顔をくしゃくしゃにして話していた老人は急にもじもじとして言いづらそうに言います。
それでのぉ。ワシもおまえさんもトシじゃろう?もしお前さんがよければこの家で一緒に暮らさんか?
お爺さんがあんまり神妙な顔をするのでカクは吹き出しそうになり大きく一言ニャーオと鳴くと生まれて初めて喉をゴロゴロ鳴らしてもう誰からも邪魔されることのない安心した眠りにつくのでした。
この話はこれでおしまいです。こうしてカクの野良猫としての最後の冒険は終わった訳です。え、最後にカクがなんて言ったかですって?
決まってるじゃありませんか。まぁ気にするな。おんなじ町の仲間じゃないかってね。
おしまい

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