見ざる言わざる聞かざる栃木

新潟を出た瞬間自我と恐怖と寒さに襲われた。
さっきまで私は何をして、「なに」を見せられていたのだろう。
全く訳がわからないが、駅員さんの「あなたはまだ間に合う!はやく!」という怒号だけは鮮明に覚えている。

まだ心の奥底から僅かに「洋服を脱げ」という声が聞こえるが、ここで脱いだらもう終わりだということは本能で理解できたので、上着のチャックを限界まで上げ、栃木へ向かった。

栃木といえば日光か。今回はさすがに観光らしい観光ができそうだ。

というわけでやってきました日光東照宮。今日こそご平和な旅行記を書くぞー。見ざる言わざる聞かざる見てねむり猫見てそのへんで湯葉でも食べて、なんの変哲もない旅行を満喫するぞ。

「あれ、猿が4匹…?」
「おお、今日は『せざる』がおるな」

はいもう早速不穏ー。最近不穏続きで軽く田舎恐怖症である。どこの地にも毎回ご丁寧に説明役がいるのなに?どこからわいてきたご老人

ここで「せざるって…」なんて聞いた日にはもう厄災確定だ。でも見ざる言わざる聞かざると違ってなにをしてはいけないのかがわからない。つまりもうデスゲームは始まっている。ここで聞かなくても厄災確定だ。

喋れど黙れど回避できない厄災を悟り、私は諦めて口を開いた。

「あの、せざるって…?」
「あんたさん、日光は初めてかい」

もったいつけるなご老人。

「はい」
「そうか、初めてとは運が悪いもんだ。見ざる言わざる聞かざるは知っとるだろう?ほれそこの」

ご老人の指差した先には、煌びやかな建物に掘られた4匹の猿たち、それぞれ耳、口、目を覆っているものと、ただこちらをじいっと見ているもの。

「その3匹の横におるのが『せざる』だ」
「なにを『せざる』なんでしょうか」

「さあ、わからんのだよ」
「わからない?」

ご老人は4匹目の猿から目を逸らすことなく続けた。

「あるときは『まばたき』、またあるときは『屁』。走るのがダメ、歩くのがダメ、息をするのがダメ。その日その日によってしてはならないことが変わり、それはアイツだけが知っとる」

そんな無茶な。

「それをしてしまうと、どうなるんですか?」

ご老人はにやりと笑った。

「ほかの3匹の加護がなくなるんじゃよ。見てはならぬものが見え、言ってはならぬ言葉を口走り、聞こえるはずのない何かが聞こえる」

なるほど。つまり世界は元々狂っていて、見ざる言わざる聞かざるがそれらから人間を守ってくれているというわけか。

待て、もし今日のせざるが『納得』なら?背筋がすっと冷えたが、何も変わらない。セーフか?いやでも安心はできない。『安心』こそがそれな可能性も十分あるからだ。

「はっはっは。若いの、今日のは『百面相』かもしれんぞ?」

ご老人の言葉に泣きそうな顔をすると「『泣く』かもしれんのう」とまた意地悪く笑った。

そのときご老人が私の後ろを見て固まった。振り返ったが何もいない。ご老人め、また私を脅かすつもりだな。「ひひひひひ」と笑うご老人をきっと睨みつけたが、なにか様子がおかしい。

「いひひひひ、ひひ、アハハハハ!やめろ!くるな!」
目をかっと見開き笑いながら泣いている。

「後醍醐天皇5G!アーメンオーメン四足歩行の鯨が通る!蜉ゥ縺代※ゴロニャン目覚めた眠り猫縺薙%縺九i蜃コ縺励※嗚呼愉快なり!アーッハッハ」

ご老人は首振り人形のように首を左右に振りながら、両手をぴんと横にのばしものすごいスピードで階段を駆け降りていった。


「今日のは『からかう』だったのか…」
一気に力が抜けてひとり呟くと、後ろからブワッと強い風が吹いた。





「誰が『ひとつだけ』なんて言った?」



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