エビスコムさんに関する私的でささやかな回想(仮)

(註)以下は2014年4月に書いた文章の再掲である。

「角竹さん、カスケードスタイルシートって知ってます?」
「スタイルシート?」
「カスケードスタイルシート……CSSっていうのが、いま策定されてるんですよ。もうHTMLでスタイルを指定するなんてこと、無くなると思いますよ。スタイルシートになるでしょうね」
「そうなんですか」
「来年にはレベル2というのが勧告されそうなんで、それに合わせて本を出すと良いと思うんですよね」

1997年、たぶん11月頃。それがエビスコムさんとの最初の打ち合わせだった。

1997年

1997年は、私にとって特別な意味を持つ年といえる。
その年の春、休刊になった雑誌の編集長が新しく書籍の部署を立ち上げることになり、書籍の仕事の経験者として私もそこに異動となった。私もシリーズものはすべて前の部署に残して異動、上司含めて他の人は書籍制作が初めて、ということで、新しい何かを生み出すための苦闘が始まった。

部署自体は、会社の思惑が絡んで無念にも7箇月で瓦解したが、その間に自分の仕事にとって「その後」につながるトピックが3つあった。

ひとつ目はまつむらまきおさん、たなかまりさんとの出会いで、これが『おしえて!! Flash』シリーズの始まりとなった(1冊目の『おしえて!! MACROMEDIA FLASH2』は1998年3月刊行)。

ふたつ目は部署の後輩と企画検討して立ち上げた「仕事術」シリーズで、刊行はこれも98年になったが『Photoshopの仕事術』『Illustratorの仕事術』ではじまり、その後『Web制作』『InDesign』『Webデザイン』などテーマを広げていった。

そして三つ目が、エビスコムさんとの出会いである。
当時の上司が「インターネットマスターBOOK」という、Internet Explorerなどのインターネットツールを解説するシリーズをやっていて、エビスコムさんもその著者の一人だった。
会社の要請で上司が異動となってしまうときに、私が「インターネットマスターBOOK」の最後の1冊を引き継ぎ、著者のエビスコムさんも紹介されたのだった。
打ち合わせで、「面白い企画、ありませんか?」と聞いた私に、相手が答えたのだった……
「カスケードスタイルシートの本はどうですか?」と。

カスケードスタイルシートWebデザインガイドブック

当時はホームページ作成の入門書の全盛期、自分の会社でも『一週間でマスターするホームページの作り方』が売れていた。当然内容はHTMLのタグの中に属性でスタイルを指定していくもの。果たしてスタイルシートというものの解説書が売れるのだろうか……。結局「面白そうだから、やってみるか」と考えて企画を社内に通したが、当時の自分はたぶんCSSというものをちゃんとは分かっていなかったと思う。翻訳書で『Webスタイルシート活用ガイド』が出ていたので、それで勉強した記憶がある。

また、社内を説得するために、Dreamweaverがスタイルシートに対応しているらしいと知って、付属CD-ROMに体験版を収録したりした。マクロメディアの新しいホームページ作成ツールでも対応しているし、CSSは今後有望なテーマです、と販売部に主張するためである。体験版収録についてエビスコムさんは、
「中では一切解説しませんが、それで本が売れるようになるなら、いいですよ」
と言った。

企画は『カスケードスタイルシートWebデザインガイドブック ―スタイルシートと次世代HTMLによる論理的Webページデザインへ』という書名で刊行された。98年5月である。

残念ながら、この本は売れたとは言えない。
時期尚早だったか、と反省した。雑誌やWeb記事に較べると、書籍に求められるテーマはやや保守的だ。その段階でそれなりに「使える」状態であること、学習するに足る市場性があること、が求められる。

エビスコムさんはWeb関連とともにビデオ編集系も得意にしていたので、この後しばらく『デジタルビデオ編集ナビゲーションガイド』などビデオ編集、映像編集系の書籍企画が続くことになる。
しかし、この企画自体はずっと私の心の中に引っかかっていて、いつか再挑戦したいという気持ちは、持ち続けていた。

スタイルシート スタンダード・デザインガイド

6年経ち、状況も変わったし、本書のリターンマッチを、という思いで望んだのが、2004年5月の『スタイルシート スタンダード・デザインガイド』。

実は、それまでにもエビスコムさんとは何冊かWeb関連の書籍を出したのだが、なかなか売れなかった。こちらもかなり悩んで、当時浸透しつつあったSEO、ユーザビリティ、アクセシビリティというキーワードを取り入れ、デザインだけで無くそれらに効く制作法を解説しましょう、と提案を行った。おかげで本書はかなり売れ、10刷を超える重版を重ねた。

唯一残念なのは、同じ年の2月に翔泳社から出た『スタイルシート スタイルブック』が先に刊行されかつ売れたため、スタイルシートの本として紹介されるのは圧倒的にそちらのほうが多かった……ということだろうか(苦笑)。

『スタイルシート スタンダード・デザインガイド』の執筆がほぼ終わった頃、次の企画の話をしていて、エビスコムさんが言ったのが、
「CMSが面白くなってくる。Movable Typeというブログツールがあるんですが、これをCMSとして活用する方法をまとめたいんですよ」
これが同年10月に刊行した『Movable Typeスタイル&コンテンツデザインガイド ―コンテンツ管理システム(CMS)ツールとしてのMovable Type活用術&実践サイトデザイン術』となり、これが売れたことでMovable Type本三部作(青本、緑本、赤本と自分では呼んでいる)につながっていくことになる。

CSS3 スタンダード・デザインガイド

『スタイルシート スタンダード・デザインガイド』から7年過ぎて、CSS3に対応させて内容を全面刷新したのが、2011年5月の『CSS3 スタンダード・デザインガイド』である。
内容は変わっても、記述スタイル、コンセプト、誌面デザインの方向性は、最初の本から基本的に変わっていない。

その著者と最初に取り組んだテーマに、現在でも一緒に取り組んでいる……というのはある意味編集者として幸せなのかもしれないと思う。

だらだら書いていても終わらないので、以下落ち穂拾い的に。

エビスコムさん、とこの文章でも書いてきたが、実際の著者名は「エ・ビスコム・テック・ラボ」である。エビスコム、という表記が出てきたのは、MdNから2002年6月に出た『Webスタイルシート・デザインガイド』が最初ではないかと思う。私も事前に聞いて無くて、本が出たときちょっと驚いた。誌面デザインを見てもあきらかに同一著者である。なんで微妙に変えたんだろう?

その後ソシムから出た本もエビスコム名義となっており、しかし弊社から出る本は「エ・ビスコム・テック・ラボ」のままで続いた。かくしてよく理由の分からないまま、理由を聞きそびれたまま、今でもソシムから出る本はエビスコム名義、弊社から出る場合はエ・ビスコム・テック・ラボである。

先ほど「誌面デザイン」と書いたが、エビスコムさんの本の誌面フォーマットは、すべてエビスコムさんが作成している。書籍企画を進めるときに、構成を決めていく作業と誌面フォーマットを決めていく作業が同時進行となる。情報量が多いし、内容とその見せ方が密接に関わっているので、誌面フォーマットを別のデザイナーさんに出すことを考えたことはない。

公の場に滅多に姿を表さないので、謎の存在として一部で語られることがある。確かに私もここ数年、じかにお会いして打ち合わせたことはない。書籍執筆以外の仕事も、明確には把握してないので、私にとっても謎と言えば謎だ。昔は福岡に本拠地があり、そこに校正ゲラを送っていた。その後仕事の関係で北海道に引っ越したとのことで、現在はそこに見本誌などを送っている。

2000年に『The Book of PSIONという本を書いている。当時エビスコムさんはPSIONというスモール・コンピュータにはまっていて、打ち合わせには必ず持参、半分はPSIONの話だった。社内にPDA好きの編集者(当時の上司だ……)がいて意気投合、結局PSIONの本を作ってしまった。

『カスケードスタイルシートWebデザインガイドブック』で忘れられないのが中のサンプル。「今日もいい天気。」というテキストと、うずまきにちょんちょんがついたような手描きの太陽のイラストを使って、画像とテキストの配置の解説がなされていた。実はこの作例のせいで、売れなかったんじゃないか……と疑っている。『スタイルシート スタンダード・デザインガイド』の企画を進めるときに、「作例の見栄えも大事ですから!」と主張したことを思い出す……。

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