見出し画像

ろーぜ×レッカ Ending小説 ~30年後の彼等~

※こちらの漫画の最終エンディング小説になります。よく分からない方はこちらから。本編の漫画がおいてあります。

30年後の彼等

「子宮体がん、ステージ2です」

医師の言葉に、ボクの視線は思わず弧を描き、窓の外に逸れる。
にぶい空調の音が頭の中に響き、それと同時に医師の声が遠のくのを感じた。

「……、--さん?」
「あ、はい。」
「手術のスケジュールを調整しましょう。入退院のサポートができるご家族はいますか?」
「え?…あ、その、」

家族とは絶縁関係だ。言葉に詰まり、口を閉ざす。そんなボクを見て、医師は表情を変えず言葉を付け足した。

「手術の同意書のサインは友人でも可能です。ただ、術後の負荷は大きいので…」
「分かりました。次までに考えます」

***

夕暮れ時、西日がマンションを煌々と照らす。診察結果を聞いたのは午前中だが、ぐるぐると思考を巡らせながら車を走らせていたら、もう夕方になっていた。
一緒に住んでいる相方のろーぜから、1時間おきに着信が入っていたが、出る気にはなれなかった。溜まった不在着信の通知を一括削除して、行きつけのBarのママからのLINEメッセージだけ素早く返信をする。

「子宮体がん、か」

がん検診も頻度は多くはないが受けていた。乳がん検診、子宮頸がん検診。しかし、子宮体がんはあまり聞いたことがなかった。
流石に50代になれば身体にガタが来始めるとは思っていたが、数ヶ月続いた不正出血の結果が、こんな深刻なものだとは思いもよらなかった。

女であることを捨て、性別という概念を捨て、自由に生きてきたつもりだった。
それでも身体は女の造りをしているし、その呪いから逃れられないらしい。

「…帰ったぞ」

家のドアを開けると、ろーぜが心配そうな顔をして待っていた。駆け寄ってくるろーぜの顔を直視することはできず、その隣を通り過ぎようとする。が、逃がすまいと腕を掴まれる。
今でも筋トレを欠かさないコイツの腕は、54歳になってもがっしりと引き締まっていた。それに比べてボクの腕はだんだんと筋肉が付きづらくなり、痩せ細ってきている。ここ数ヶ月は更に体力が落ちて、鏡で自分の姿を確認するのも嫌になってきていた。整えてきた自分の身体さえも、自分の意思に反して醜く朽ちていく。

「どうでした?結果。帰ってくるのが遅いから、何度も迎えに行こうかと思いましたよ」
「…ああ、ちょっとな。」
「………。」

ろーぜが心配そうな顔で覗き込み、言葉に詰まった顔をしている。
コイツは、「人が少なくて休めない」とぼやいていた市役所の仕事を無理やり休み、今日ずっとボクの帰りを待っていた。本当は今すぐ無理にでも結果を教えてほしいと思っているはずなのに、黙ってボクが口を開くのを待っている。詰め寄ってくるくせに、一番最後のところでいつもこうだ。

「…お前、まだボクのことが好きか?」
「え、もちろんスよ。」
「そうか。」
「何年も前からずっと毎日言ってるのに、まだ伝わってなかったってこと!?」
「はは。 …いいや、充分伝わってる。」

そのまま黙って靴を脱ぎ、リビングへ移動する。ろーぜは静かにボクの後ろから着いてきた。

「ん。」

鞄の中からクリアファイルに入った書類をテーブルに投げ置く。
するとろーぜはすぐに書類を手にして、一枚ずつ丁寧に確認し始めた。

「…同意書?検査の結果は…」
「ろーぜ、」
「ん、なに。」
「籍を入れようか。」
「はぇ!?!?!?」

ろーぜは大きく目を見開き、思わず書類を握りつぶしていた。おいおい、と書類を奪い、テーブルの上で書類を直していく。ボクがそうしている間もコイツはパチパチと瞬きをくりかえし、しばし固まっていた。そして数秒経ってから、絞り出すように声を出した。

「レッカさん、死ぬの…?」
「いや、ステージ2だから、おそらく死なないんじゃないか?ただ、手術は必要らしい。」
「良かった…!いや、良くないけど、良かった!んで、結婚!?」
「結婚というか、今後のことを考えると、籍を入れた方がいい気がしてきたから。」
「俺だって、俺の方が、毎日、プロポーズしてきたのに⁉」

家族もいないボクにとって、今後のことを考えると、籍を入れた方がコイツにうまく頼ることができるだろう。そういう考えのもとの提案だった。だが、ろーぜは聞く耳もたず、頭の上にハテナを浮かべながらパニックを起こしている。

「だから…」
「俺!絶対幸せにしますんで!!!!」
「いやだから…」
「レッカさん!!」
「っ、」

思いっきり抱きしめられ、ボクの首元に頭をぐりぐりと押さえつける。時折「くぅ~!」という良く分からん鳴き声を発し、抱きかかえられてそのままくるくると舞い始めた。目が回って酔いそうだ。

「おっおちつけ!おろせ!」
「あっ…すみませ、へへ~」
「…ったく。お前、年々加齢臭ひどくなってきたな。」
「ガーン!……むぅ。」

ろーぜはボクの手を取り、自分の口元に持って行く。左手の薬指に口づけをするようなしぐさをし、そのままボクを真っ直ぐに見つめてきた。

「レッカさん、好きです。」
「はあ。」

ろーぜの真剣な表情とは対照的に、ボクは淡々とした返事を返す。正直、その言葉はもう飽き飽きしており、もはや何の反応を返す気も起きない。ボクの反応を確認したろーぜは落胆し、もどかしそうに顔を歪めた。

「……うう。もっとなんか、こう!ムードがない!」
「…で?ボクのプロポーズ、受けるのか?」
「受けますよもちろん!」

ろーぜの声はいつになく高く大きく、部屋中に響いた。涙ぐんでいる瞳は真剣で、決意が宿る。
それを見て、この数時間抱えていた緊張がふっと軽くなったような気がした。

「OK。今度書類を取ってくるから、よろしく」
「事務的に言わないでぇ…」
「はぁ?」

背の高い ろーぜの背中がどんどん曲がり、肩が落ちる。
大きな男が縮こまる姿を見て、ボクは大きくため息をつき、ろーぜにもう一歩近づいた。

「…今回だけだ。お前が大好きな安っぽい言葉をあげよう。」

ろーぜの涙を拭いながら、彼の手を握る。ボクの冷たい手とは裏腹にコイツの手はいつも暖かかった。
…若干湿っているのが気に食わないが。

「ろーぜ、愛してる。一生ボクの傍にいて、ボクに尽くせ。」
「ふぇぇ…、もう何度も…30年も前からずっと、してる…。」
「ふぇぇとか言うな。キモイ」
「もう少しムード保ってぇ!?」

***

風呂上り。夜の静けさの中、ぼんやりとスマートフォンを眺める。何かを調べるわけでもなく、習慣的にただディスプレイを眺めて思考する。するとボクの隣に突然ろーぜが座ってきた。

「今日は久しぶりに一緒のベッドで寝ましょうよ」
「はあ?」

ボクは顔をしかめた。ろーぜの声には、わくわくした子どものような色があった。

「もう添い寝とかする間柄でもないだろ…」
「いや今日が恋人1日目みたいなもんですし」
「うわ…」
「うわってなんすか。あと手術終わったら結婚式上げましょうね」
「は!?」
「新婚旅行も。俺、まだレッカさんとやりたいこといっぱいあるんで。」
「…はあ。お手柔らかに頼む。」

おわり。

30年後のキャラ設定

ろーぜ 54歳
コンビニバイト中、店長や地元の歳上のおじさんたちに可愛がられ。ほぼコネで市役所へ転職。大人しくドジもするが、なんやかんや年配の方に可愛がられながら仕事を続けている。

レッカ 58歳
親から受け継い総合建設会社を勝手に売却し、親族に縁を切られる。売却したお金で今はいくつかのマンションオーナー、駐車場管理者としてそこそこ収入を得ている。夜はBarに通ってぐちぐちと昔の武勇伝をママに聞いてもらっている。

リオナ 56歳
レッカが売却した会社に残った。売却前後に発生したレッカの親族との揉め事は裁判沙汰にまで発展した。それを収めるには数年かかり、全てのトラブルを処理したのち辞職。その後の行方は分からない。

ほのか 56歳
未定(ごめん)


どうでもいい小話

この2人のお話をこうしてきちんと書くのは最後かもしれないので。せっかくなのでこの作品の元ネタとなった小話でもまとめて置いておきます。暗くてくだらないです。お賽銭箱みたいなもんです。


ここから先は

1,156字 / 1画像

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?