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中学生の頃、親友がいた。(3)

続きです。


そんな日々を送る中、ある救世主が現れる。
同じクラスのSさんだ。
Sさんは友達の友達として以前知り合い、初めてクラスメートになってから特に多く喋る間柄というほどではなかった。
彼女の特徴は、とにかく大人びていた。
このまま社会人に囲まれても、彼女なら上手く立ち回ってやっていけるんではないか、と思うほどに。彼女は家庭環境の影響で、年上の方と接する機会が多く、いろいろ事情があって大人のふりをしないといけない場面があって、大人同然の思考と立ち振る舞いを身につけていたようだ、後から本人に聞いた。
教師と話をするときなども「申し訳ないのですが、いまちょっと宜しいでしょうか?」などと流暢な大人語(ねぇ先生~?が主流な中学生当時の私には十分そう思えた)で話しかけて、腰を低くして聞いたあとは「分かりました、すみませんお時間とらせまして、ありがとうございました」と深々と一礼し結んだ。教師もなんかポカンとしていた。

クラスでも、だから逆の意味でちょっと浮いていた。フワッと独りで生きているかんじ。
「2人組になる相手がいない!」
「今日仲良しの友達がいなくて体育の授業で独りぼっちになったらどうしよう!」
などとうろたえるお年頃な我々の中で。
彼女は、そんな中学生仕草が見られなかった。

だからだろうか、私は彼女に親友とのことを打ち明けたくなった。彼女なら、誰一人ほかの人にバラさないとなぜか確信できた。
しかしSさんの方も流石なもので、「かこらちゃん、ちょっと元気ない?そんなことないか、気のせいだったらごめんなさい、…何かあった?」と聞いてきたので驚いた。
親もクラスメートも誰も気付かないのに、そんなふうに気にかけてくれた人はSさんだけで、なんか純粋にスゲー…と思った。

それで、すっかり全部Sさんに打ち明けた。
(話をする前にクラスメートに聞かれたらマズいことか?と確認し、今日はその彼女と別に帰ることは可能か?ならば帰り道に公園で。その際には我々共通の友人Nも同席して構わないか?など、やはりめっちゃ配慮してくれたのだが、Sさんのスゲーとこは挙げたらキリがない…)

親友が重たいこと。
一緒にいてもちっとも楽しくないこと。
自分以外に八方美人で誰も信じてくれなさそうなこと。

共通の友人Nは気のいいお調子者で、だが口は堅いので信頼できる。2人に聞いてもらったあと、Sさんは「そうかあ、そういうお年頃だもんなぁ… 」と天を仰いだ。
今思えば、Sさんだってお年頃なのだから可愛い発言なのだが、だからだろうか、決して中学生のお年頃な我々の心情の機微について、瑣末なことと馬鹿にしない雰囲気がSさんにはあった。
どうしたいのか、と聞かれて上手く答えられずにいた。
とにかく揉めたくない。登下校だけしたくない。クラスだけで仲良くしゃべりたいだけなんだけど、上手くいかないだろうなぁと思った。
親友は独りを極端に恐れるタイプだ。登下校を拒否したらその恨みで、クラスで仲良くするレベルではなくなるだろう。

Sさんの出した結論はシンプルだ。
登下校を、少しずつSさんにシフトしていくと言うもの。
週に一度、だんだん二度と増やし、下校だけからはじめていずれ登校も、とほんの少しずつシフトしていく計画。
Sさんにたぶん、恨みが行くよ?
と問う私に、ケラケラと笑った。
「いくら恨まれても、痛くもかゆくもございません」

それにね、と、Sさんは続けた。
友達は、好意でいっしょにいるもの。
いっしょにいなくてはならないなんて決まりは無い。
親友っていう決まりもない。
恋人同士ならば、2人で話しあって別れる作業があるけど、友達でしょう?
友達は何人いてもいいし、誰と仲良くするかは本人の自由。

誰と仲良くするかは、私の自由。
その言葉で、中学生の私は目が覚めた。

ずっと向こうでブランコをこいでいたNもやって来て、SさんとNと一緒に帰る事になった。やるなら人は多い方がいいと。

結末は、呆気ないものだった。
何度か登下校を断っていたら、親友から
「私、〇〇ちゃんたちと帰ることにしたから。もう私なんて気にしなくていいよ、そのほうが良いんでしょ?」と言われた。
(本当は淋しい、親友のほうが大切って言えよっという察して圧は全身で感じたが、)
わーい!って感じで彼女との登下校をやめた。

Sさんは、かと言って私にグイグイ来るようなとこが全然なかった。
給食や教室移動などで、私が1人にならないようにそっと側に来てくれる。ただ、クラスで必要以上に話かけてきたりしないでいてくれた。
同じクラスの親友から恨みがましい熱い視線を毎日感じでいたから、当て付けのように誰かと一緒にいるところを見せたくなかったし、何より独りでボーッとできる時間は心地よくてすごく助かった。そして、今回のことに、ああ、Sさんが独りでいるのが辛いから私を利用した、なんてことは微塵もないんだなと実感した。
かっこいいなと思った。
私は、今までこんなにアッサリした友情を知らなかった。
お互いからみつくようなグチャグチャな友情じゃなくて、こんな風通しの良い友情もあるのか。
Sさんは、Nを含めて4〜6人ほどで登下校している。だが、皆道は同じはずなのに約束も待ち合わせもしないと言う。クラスの終わる時間にクラス前で待つこともあれば、待たないこともある。早く帰りたい気分だったとか、そんな理由で。Sさんは、今日は誰かいれば楽しく一緒に帰る。いなければいないで。というスタンス。
Sさんがそんなふうだから、みんなすごく自由だった。昨日居なかったメンバーに「なんでいなかったの?」なんて誰も聞かない。「おはよー」で終わりだ。
だから、私が登下校に突然加わっても自由だった、むしろ、事情を少しだけ話すると深く追求しないばかりか、人数が多い方がいいと、みんなそのときばかりはさり気なく集まってくれたりした。

私には、見た事のない世界だった。
他のクラス前で、ずーっと待っていなくて良いんだ。
用事があって、相手を独りにさせるときに謝らなくていいんだ。
約束、しなくて良いんだ。

Sさんの世界は居心地がいい。

その後、親友の「代弁者」を名乗って何人か私の自宅にTELしてきて(携帯の無い時代)、
「どうして仲良くできないの?」
「親友ちゃん、悲しんでるよ」
「親友ちゃんの何が悪かったのか教えて?」「元の2人に戻って?」

などなど、いろいろ言われたが、

嫌いになってない、ただちょっと離れたいだけ、悪いとこなんてない、ただちょっと離れたいだけ、いまも普通に友達、ただちょっと離れたいだけ、喧嘩じゃない、ただちょっと離れたいだけ、

と繰り返していたら、いつの間にかかかって来なくなった。

ある日突然、下駄箱で待ち伏せされて親友からルーズリーフ14枚程の長文恨み節手紙をグイッと握らされたときも、(内容は、いかに自分が傷ついたか&今なら許してやる、と言うもの)
Sさんの世界を知ったおかげで、冷静さを失わずにいられた。

その後なぜか担任の先生からも、「お前ら喧嘩してんのか?」と聞かれたことがあった。彼女が思い詰めて、塞ぎ込みがちな様子を見て、彼女の母親かが担任に相談したのかも知れない。
しかし担任の先生はベテランの、サッパリした男性教諭だったため、「いいえ、喧嘩してません、私は普通に仲良くしたいです」と言うと、分かったと言って去った。その後どうなったのかは知らないが、二度と聞かれなかった。

思うに、「普通に仲良くしたい」と言う思いを信じていられたから私は悪者にならずに済んだのだろう。
仲良くと、距離をとるが、両立できると教えてくれたSさんが居なければ、
私は親友と距離をとりたくて堪り兼ねて「嫌いになったから」と言ってしまったかもしれない。そしてそれが、嫌い→登下校拒否→イジメと持っていかれて、窮地に立たされていたら。

Sさんにどうしたいか、と問われて、
仲良くして距離がほしい、と答えたら、
「何も悪くない、それで良い」と太鼓判を押してもらえたことで、自分のスタンスを見失わずに済んだ。

Sさんの世界を知ってしまったから、戻れなかった。Sさんのおかげで、私はその後の人生、友情でしくじる事は無かったのだと思う。

あのとき、あんな中学生のお年頃の私に、友情を教えてくれたSさんのことをいつも誇らしく思う。
その後、ん十年の時をこえて、いまでもSさんと連絡を取り合う仲だ。
Sさんはいまも、Sさんのままだ。

(完)

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