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96 いまいちど 赤塚さんへ 


赤塚さん、無事に半断食を終えられたのですね。どんなに「人は死なない」とわかっていても、赤塚さんとまだまだお話しなくちゃならないし、旅もいっぱいしたいし、こうして、文通のお返事を書いたり、いただいたりもしたいから、どうか、毎日の生活で、どうか、無茶をしないでくださいね。

赤塚さんにもLINEをしましたが、2007年に三五館から出版いただいた「宇宙(そら)の約束」の本をモナ森出版から、改めて出版しようとしています。

この本は、赤塚さんに誘っていただいて、2006年にイスラエルに行くことができたから出来上がった本です。もう20年近くになるのですね。
そして何度も書いているように、あの旅は本当に特別な旅でした。
心がずっと揺さぶられ続けていて、もっと知りたいと思うことがいっぱいありました。
図書館に何度も通って、イスラエルについて、ユダヤのことについて調べて、それから、脳のことについても、脳の先生にも教えていただいたりしました。エッセイのように自分の思いだけを書くのではなくて、ただもう知りたくて仕方がなかったのです。
赤塚さんにもずいぶん電話で質問をしましたね。
いろんな質問のいくつかを、いまでもよく覚えています。
「伊勢神宮の奥におられる神様と、家の神棚の神様は違う? それともおんなじ? そして、神様にどっちが偉いとかあるのかな」
赤塚さんは、「僕にとって、伊勢神宮は特別なところだけど、でも、家の神棚も、どちらも入口だし、出口。同じ神様につながると言うことでは同じだよ」と教えてくださいました。そして、「どっちが偉いもない」って。
「立派な金色があふれているきらびやかな教会は素晴らしいかもしれない。でも、田舎の何もないようなところでも、イエスを深く感じることができたりするんだ」
そして、「かっこちゃん、神様は心にもいるだろう? 祈ってすがることも大切だけど、祈っても祈らなくても守られているよな」と

もちろん、そんなふうに教えてくださっても、赤塚さんは伊勢神宮を大切にされるし、私も大切。白山さん(しらやまさん)も大切。何か特別なすがすがしい思いがします。

ただ、赤塚さんが言われたのは、細胞ひとつひとつに神様が宿っているというような「本当のこと」なんだなあと思うのです。赤塚さんは何度も「本当のことを知りたい。でも知らないということを知るんだよ」と言われたでしょう。

そうですね。本当にそうですね。学んでも学んでも、何も知らないということを知るばかり。
それでも知りたいという気持ちは抑えることができません。

『宇宙の約束』の本を書いたときに、出版前に、バラさんが原稿を読んでくださいました。とても喜んでくださって「かっこちゃんよー。30年以上イスラエルに住んでる私がよ。あなたの書いたイスラエルを読んで、トイレで上からも下からもじゃあじゃあ泣いたんだよ。うれしいね。うれしいね」ってそう言ってくださいました。「わかるかい?」って。下からも泣くってどんな泣き方なのか、よくわからなかったけれど、私もとってもうれしかったです。だって、私も赤塚さんも、バラさんが、出会ったときからバラさんのすべてが、すっかり大好きになっていたのです。
「わたしを仲間って呼んでくれるのかい?」と言ってくださったその奥には、たくさんのこれまでのご苦労と、そして、バラさんが譲れないこと「みんな同じだよ。偉いも偉くもない」ということもあったのだと思うのです。赤塚さん、何かすべてが導かれていたという旅でしたね。

この本をいまいちど校正しなおして、いまいちど調べて、いまいちど作っていくという作業はわたしにとって、とっても大切なことだと思います。
赤塚さんが「ちゃんと読むね。もーいちど」って書いてくださって、あの旅をまた一緒にできるような気がしてうれしかったです。

考えて、なおして、また考えて、出来上がる頃には9月のイスラエルの旅も迫ってきていることでしょう。

赤塚さん、バラさんのことをまたみなさんにお話ししたいです。この本にはバラさんがいっぱいいっぱい出てきます。バラさんがいっそう蘇って、一緒に色々考えて教えてくださる気持ちもします。やっぱり人は死にませんね。

花巻のあと、青森のお友達に会いにいきます。マサ子ちゃんという大好きなお友達。「赤塚さんが三内丸山遺跡に行ってらっしゃいましたね。かっこちゃんも案内しますね」と言ってくださいました。うれしいのです。

いろんなことをもっともっと知りたい。私、欲張りなのです。

赤塚さん、お会いできる日を楽しみにしています。           かつこ

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