淡路島徒歩一周しようとした話

これは、僕が小学六年生、兄が高校一年生の時の話だ。
今から淡路島一周せん?
朝、起きてきた僕に兄は言った。突然のことだった。僕は頷いた。
当時の僕は無鉄砲で、いい加減な性格だった。だから、兄の突然の提案にもすぐに頷くことができた。兄への信頼もあったから、何も不安に思うことは無かった。ただ、面白そうな物語が始まりそうな予感があって、飛び付かずにはいられなかった。
僕と兄はすぐに用意を始めた。用意、と言っても、着替えや飲み物、おにぎり、懐中電灯くらいのものだったから、リュック一つで十分だった。それに、淡路島を一周分歩くのだ。
荷物は軽い方がいい。
準備はすぐに終わった。
兄が母親に今から淡路島歩いて一周してくるわ、と言った。
当然母親はいきなりのことに困惑し、難色を示しているようだったが、兄は強行突破したようで、必ずこまめに連絡を入れることを約束に、半ば強引に家を出た。
当時、兄はガラケーしか持っていなかったし、僕はスマートフォンはおろか、ガラケーすらもっていなかった。
そういう状態で、僕は兄について行く形で家を出た。
少し歩いてバス停に向かう。
バス停から駅に向かい、駅にあるバス停から高速バスで淡路島に向かう。
高速バスに乗るためのバス停がどこにあるかも分からなかったので、駅員に聞きながらなんとなくで乗車した。
乗車すると、兄は僕に、「今のうちに寝とき、着いたら起こしたるから」と言った。僕はその通りにしたが、5分と寝られなかった。
しばらくバスの揺れに身を任せていると、海が見えた。明石海峡大橋だ。旅が始まるような気がして、心が浮くような気分だった。思えば、大人が一緒にいない旅というのは生まれて初めてのものだった。
海を眺めていると、バスは橋を渡り終えたようだった。コンクリートの道路に変わり、一度バス停で止まったあと、再び走り出した。
次のバス停で降りた。道の駅の近くのバス停だった。何円か忘れてしまったが、バス代を払った。お年玉を貯めていたから、お金が無くなることを躊躇することはなかった。
バス停を降りると、地下道のようなところを歩いた。地下道のようなところを抜けてしばらく坂道を下ると、海が見えた。
どうやら、海側に出てきたようだった。
ここから、海沿いをひたすら歩いていくのだ。
兄に、右か左どっち側に進むかと聞かれたが、どっちでも良かったから、どっちでもいいと言った。
最終的にどういう判断で決めたかは分からないが、ー方向に進むことになった。
ひたすら海沿いを歩いた。はっきり言って、代わり映えのない風景だった。けれど、私の心はまだ不思議と浮いていた。
兄とどんな会話を交わしただろうか。正直なところ、兄と何を話したのかを私はほとんど覚えていない。おそらく兄も覚えてはいないだろう。そのくらいどうでもいいことを話したのだと思う。
途中、休憩ついでにおにぎりを食べた。
疲れていたからか、異常なほど美味しかった。塩がよく効いていた。

おにぎりを食べ体力を回復したらまた進む。
途中、のじますこーらという店を見かけたので、寄り道してみる。見つけた店にふらっと寄ってみるのも旅の醍醐味だ。
店はお土産屋に飲食店がはいっているようなところで、折角なので何か食べていくことに。
おにぎりを食べた後だったので、二人でピザ一枚を分けて食べた。
その店の店長のおばさんに話しかけられた。
どこから来たのかを聞かれたから、神戸です、と兄が答えた。
年齢を聞かれたので、正直に言うと、少し驚いているようだった。何をしに来たのかを聞かれたから、これから淡路島を歩いて一周するんです、と言った。おばさんは物凄く心配しているようだった。店を出る時にも、気をつけてねと言われた。良い人だな、と思った。
元の海沿いの道へと戻ると、また歩き始める。なぜ歩くのか、という疑問は全く無かった。鳥が上空を飛んでいた。自由だった。
休憩しながら歩いてはいたが、さすがに疲れてきた。
ちょうど野宿できそうな場所も見つけたから、少し早いが、今日はそこで休むことにした。
防波堤があり、風を防いでくれそうなところだ。人通りも少なそうだし、迷惑をかける心配もなかった。少し離れたところにはコンビニもあって、遠くに光が見えるだけで安心感があった。
24時間営業のファミレスもコンビニの隣にあったから、もし寒かったらそこで一夜過ごそうという話をした。
いきなり家を飛び出したので、テントや寝袋はもちろんない。コンクリートの床に寝転ぶ。夏とはいえ、少し寒かったから上着を着た。
まだ寝るには早かったから、とりあえず近くを散策することにした。
もしかしたらもっと良い寝床が見つかるかもしれないし、運が良ければ銭湯なんてものも見つかるかもしれない。
二人ともスマートフォンを持っていなかったから、とにかく看板や人の動きを観察して辺りを探した。
そもそも調べるという考えすらなかったと思う。
銭湯もなかったため、拠点と決めた防波堤の近くに戻る。
拠点と決めてしまえば不思議と居心地は良くて、帰ってきた、と思った。
初めて知った場所で、初めて訪れた場所であるというのに、戻ってきた、帰ってきた、と一安心してしまうのだから不思議だった。
少しずつ闇が辺りを覆っていくのが分かった。近くがまず闇に包まれて、徐々に遠くの空を闇が侵食していくのが分かった。
コンビニのやけに明るい光が闇を強調していた。
そういえば夜ご飯は何を食べたのだろうか。
多分、コンビニのパンを食べたのだろうと思うが、詳しくは覚えていない。
慣れない環境だったので、もちろんほとんど寝れなかったし、蚊も多かった。
コンクリートの固い地面に寝転び、リュックを枕にして、ただじっと目を閉じていた。
夜は長いように思えて、意外と短い。
しばらく寝転んだり辺りを歩いているうちに徐々に夜が明けていった。
近くのものが見えるくらいに明るくなると、ふいに僕らはとんでもないところで寝ていたのだと実感していく。
人が通る気配は依然としてなかったが、早めに拠点を立ち去ることにした。
警察に見つかって職務質問でもされたら厄介なことになるかも知れない。
何も悪いことはしていないのに、なぜか少し罪悪感みたいなものを感じ、逃げるようにして拠点を去った。
一日歩いてほとんど寝ることもできずに次の日も歩くとなると、辛いものがあった。
正直言って、僕も兄も帰りたくなっていた。
体力的に僕はもう一日くらいなら行けそうだと思ったが、二日目のルートだとバス停があまりないと兄が言ったから、帰ることにした。短い旅だったが、それでも満足してしまうくらいに充実していたし、疲れてもいた。
それに、一日目のペースだと淡路島一周は明らかに不可能に思えた。島の五分の一も進んでいなかったのだ。
バスが来るまでにはまだしばらく時間があった。まだ朝の三時くらいだった。
バス停の近くをうろうろしていたら、公園があったので、バスが来る時間になるまで公園にいることにした。公園はまだ街灯がついていたから、まだ相当暗かったのだと思う。
公園のベンチで少し眠ることにした。
兄は、俺は起きているから寝てて良い、と言った。
しばらく僕は眠った。不思議と、拠点にしていた場所よりも眠れた。
疲れていたのか、野宿に慣れてしまったのか。おそらく両方だと思う。
目を覚ますと、少しずつ夜が明けて明るくなっていた。
兄は、イヤホンを耳にさしていて、音楽を聴いているようだった。黒色の分厚いiPodがポケットから少しはみ出ていた。
音楽を聴きながら、ガラケーを触っていた。
どうやら、母親に今日帰ることをメールしているようだった。
今なら、スマートフォン一つで完結してしまうだろうが、僕らはそんな便利な機器など持ち合わせてはいなかった。
兄は、僕によくあんなところで寝れたな、と言った。兄はやけにすっきりした顔をした僕に笑顔を向けた。どうやら、僕に蚊が群がっていたようだった。僕は完全に寝てしまっていたから、気がつくことは無かった。
少し眠ったことで、僕は多少体力を回復した。正直、もう少し歩けそうだと思ったが、兄の方がしんどそうだったから、僕もそれに倣った。
僕はよく運動をしていたから、兄よりも幾分か体力があった。
しばらく公園のベンチに座っていると、バスの来る時間になったから、公園を出た。
公園を出るときに、一度振り返って公園に別れを告げた。僕の体はその公園にやけに馴染んでしまっていて、少し別れが惜しいなと思った。この公園にはまた来よう、と思った。
どのようなバスに乗ったのか、そしてどのようにして帰ったのか、正直なところ全く覚えていない。
唯一覚えているのは、家の近くのバス停に近づいて、兄を起こした記憶だけだ。
帰りは僕が兄に、寝てても良い、と言った。
僕は公園で寝たから寝過ごすことはない。
しばらくバスに乗っていると、明石海峡大橋が見てた。不思議と、懐かしい、と思った。
帰ってきたのだ、と思った。
一日が長かった。一日が引き延ばされたように感じた。それでいて、充実していた。

帰りのバスはあっという間だった。
家の近くのバス停に着くと、兄を起こしてバスから降りた。
家までの道がやけに遠く感じられた。
いつかまた、淡路島を歩いて一周しようと思った。

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