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「騒がしい教室を」

 大好きなあの歌が大嫌いな教室で流れている。爆音で。ひどく美しくて、私は、教室の隅でひそかに耳を澄ませた。昼休み、私はいつも一人。昼休みだけじゃなくて、学校へ行く時も、帰る時も。授業中は一人っていうことが恥ずかしくなくて、みんな一人だから、私は授業が好き。学校には行きたくないけど、お母さんが心配するから、仕方なく行ってる。
 ある日、私の大好きな歌が昼休みに流れた。私は思わず興奮してしまって、食べるのもやめて、思わずスピーカーの方を見た。誰がこの曲を流してるんだろうってずうっと気になっていたけれど、スピーカーを見ていても何も分からない。そう思ったけど、私は食べるのをやめて、その曲が流れている間ずっとスピーカーの方を見てた。
 その曲が終わると、次の曲が始まった。次の曲は今流行ってるアイドルの歌で、私も知ってた。そのアイドルのことはあんまり知らないけれど、あんまり知らない私でもその曲を知っているくらいだったから、多分すごく有名なはずだ。アイドルの曲が流れた瞬間、教室はまたいっそう騒がしくなったように思えた。
 私はがっかりして、また下を向いた。お弁当はまだ半分以上残っていたけれど、なんだか食べる気にはなれなかった。箸を持つ手が震えていて、心臓が激しく動いてた。
 私の好きなその曲は、この学校の中で誰も知らないって思ってた。だって、その曲を歌っている人は歌手でもなんでもなくて、Twitterに歌を載せているだけの人だったし、そのTwitterのフォロワーも三十人くらいだったから。私もその曲を歌っている人の顔を知らないし、多分フォロワーの誰も知らないと思う。私がその曲を知ったのは、Twitterでたまたま見かけたからだった。その曲を歌っている人は「Hakushi」というアカウントで、アイコンも真っ黒だし、一言メッセージも何も書いてないし、あげている動画も全部黒い画面だし、最初は不気味だなって思った。けど、一番上にある動画を見て私はすぐに好きになった。「Hakushi」さんは、弾き語り動画をTwitterに投稿してた。自分で作った歌を、ギターで演奏してて、私はギターなんて弾けなかったから、すごく格好良いと思った。「Hakushi」さんの紡ぐ言葉はいつだって私の言葉のように身近に思えた。画面は暗いから姿は見えないけれど、すごく格好良かった。正直、歌はそんなに上手くないけれど、掠れるような声で、絞り出すようにして歌っているのを聞いて、私はすぐに好きになった。私はスマーとフォンにその人の歌を画面録画して、毎日その人の歌を聞いてた。
 「Hakushi」さんの歌が教室で流れて、私は誰が「Hakushi」さんの曲を流したのか、気になった。もしかしたら、「Hakushi」さん本人かもしれないなんて淡い期待を抱いた。けど、私は友達がいなかったから、誰が流していたのか、なんて聞く暇も無くて、今日が終わった。結局弁当は残してしまって、家で食べることにした。五時間目、六時間目、と授業が終わって、私はその間ずっとぼーっとしてた。いつもはもう少し集中して授業を受けているような気がするけど、先生にも何も言われなかったから、もしかしたら私はいつもと同じように見えるのかも知れない。
 夕日が顔に直接当たって、ようやく家に帰ろうと思った。まだ教室に残っている人が二、三人いて、私はその人たちに気づかれないようにそっと教室を出た。教室の扉が閉まってたから、少しだけ扉を開けて、隙間に入り込むようにして廊下に出ようとしたら、扉に少しだけ体をぶつけてしまって、大きな音が鳴った。恥ずかしかったけど、恥ずかしいと思われるのが一番恥ずかしいから、気にしてないようなふりをしてゆっくりと扉を閉めて廊下に出た。教室の中から笑い声が聞こえたような気がするけれど、多分気のせい。
 廊下には誰もいなくて、開いている窓からは運動部の元気な声が聞こえてくる。学校に行って授業を受けるだけでも疲れるのに、その後に運動するなんて、凄いなと思う。私だったら、わざわざそんなにしんどいことはしない。けれど、気がついたら私もそういう運動部の姿に憧れていて、少し悔しい。
 誰もいない廊下を通り過ぎて、階段を降りる。階段の踊り場に、手を繋いだ男女が座っていて、少し気まずくなった。二人は私を見ると黙ってしまって、私のせいで二人を黙らせてしまったなら申し訳ないけど、なんで私が申し訳なく思わなくちゃいけないのって思った。
 階段を降りて、上履きからローファーに履き替える。ローファーに履き替えるたびに私は変身したみたいな気持ちになって、少し嬉しくなる。そのまま校門を抜けて、解放された気持ちになる。学校にいる間は呼吸していないように息苦しくて、けれど、それには気がつかない。学校から出た瞬間に今までの息苦しさに気がついて、学校から出るとホッとする。この気持ちは、多分みんなには分からないと思うから、わざわざ話したりもしない。まあ、話すような友達もいないけど。
 運動部の元気な声が校門の外にまで響いている。彼らがこの校門を通る頃にはもう日は暮れていて、私は家でダラダラしている。私が今見ている景色は、彼らの景色とは全く違くて、誇らしいような、寂しいような気持ちになる。
 首を上に向けると、空が綺麗。秋の空ってなんでこんなに綺麗なの。空はいつでも変わらないはずなのに、周りの空気の冷たさとか、揺れる木々の色のせいで、すごく綺麗に見える。
    私はイヤホンを取り出して、「Hakushi」さんの曲を流した。帰り道、いつもよりゆっくり歩きながら聴くのが日常になりつつあった。

"騒がしい教室を僕はまた今日も一人出ていった

周りを見渡してもどこにも一人の人なんて

いやしない いやしないよ

でも街の音は明るくなれるよ

そうずっと思ってたけど何も変わらなかった

誰かの言葉が誰かの足音が

あの場所で聞こえる音だった

いつまでもいつまでも 変わりもしないのに

いつまでもいつまでも自分じゃない自分探して

僕らはこのままきっとどこにも行けず

終わるんだろうもういっそ 死にたいや

なんて言葉がちょっとずつ集まって

味噌汁の横で鳴ってるテレビが汚れてく

だからほどほどでいいから何事も

昔おじいちゃんが言ってた特別じゃなくて良い"

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