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ポテイト、コーラ、メガデス、三鳳

 7年ほど前だろうか。今日と同じ12月24日、クリスマスイブだったのはよく憶えている。

 渇ききった喉に、浅い眠りから押し出されるように目を覚ます。頭は目覚めているようだが、金縛りかと思うほどに身体が重い。

 どうにかベッドから這い出て、足を引きずるように洗面所に向かう。目に刺さるような冷たい水で乱暴に顔を洗っていると、昨夜の記憶がゆっくりと蘇ってきた。


 ーーー俺は失敗したんだ。

 初めての九段昇段戦は、7回挑戦する権利があった。

 (あの手を和了れていれば。あそこで跳満を引かれなければ。裏が一枚でも乗っていれば、、、、)

 意味のない思考が頭を駆け巡る。
九段は特上入りしたときから憧れ続けていた、特別な段位だった。何もない自分にとって、これ以上ない栄誉になると信じていた。


 時計を見ると、正午を少し回ったところだった。短い息をすっと吐き出し、まだ少し熱を帯びたPCを起動する。いつもと同じルーティーンだ。

 見慣れた鳳凰のタブに手を伸ばすと、昼時だからだろうか、およそ卓の立つ気配のない、「三鳳南 0:0」の表記が目に入る。

  なんだよ。やる気のないやつらだな。


 そう毒づく気持ちとは裏腹に、心の奥でどこかほっとする自分がいた。

 PCの前に張り付いて待つのも億劫に感じ、気分転換にショッピングモールに向かうことにする。
 数日前に発売されていた、うまるちゃんの新巻目当てに本屋を目指す。

 途中、3階から1階まで雪崩のように垂れ下がった、そこかしこに過度な装飾を施されたイルミネーションを見て、遅まきながらその日がそれなりに特別な日だったことに気づく。

 クリスマスイブの過ごし方は人それぞれ。あなたも本当に好きなものと過ごしてみては?

 前の年たまたま見ていた特番の、名前も顔も鮮明には出てこないアナウンサーの言葉をふと思い出す。決まり切ったにこやかさで、皮肉とも自分の哲学を述べただけともとれる妙なフレーズが印象深い。

 うーん、、、すぐに思いつくのは、うまるちゃんとメガデス、あとは、、、三鳳、、あれ、俺の人生これだけ??

 辺りのふわふわした陽気さにもあてられ、誰かの反応を期待してか、書き出してツイートしてみる。

 帰宅し携帯を開くと、いいねはなかったが、税さんが「何のこと?笑」と返信を送ってくれていた。

 イブなんで好きなもの並べてみました笑、
とひとときの交流に満足し(天鳳の人との交流は当時これくらいだったし、俺にとってはこれで十分だった)、うまるちゃんをさっさと読み終えて、今日こそはと意気込み卓に着く。


 10戦ほど打ち終わったころだろうか。マウスが汗で滑るようになっているのに気づき、予約の手を止める。一度も1着はとれず、3回の2着も死ぬ気でしがみついたものだった。見えない相手に怯え、ひたすら逃げ回り、少しでもポイントが減らないようにと歯を食いしばって耐えていた。

 これまでもよくあることだったが、この日の感覚は何故か全く別のものだった。この先、この卓で一度でもトップが取れるとは思えなかった。それほどまでに、残酷で明白な実力差を感じていた。

 昨日越えていたはずの壁は、その天辺が視界に入らぬほど、眼前はるか高くそびえ立っていた。

 半ば放心気味に予約を押して、卓を待つ。勢いよく鳴ったドラの音で我に帰るように顔を上げると、1人はよく見る古参だったが、もう1人はアルファベットを羅列しただけにみえる、ランダムに充てがわれたパスワードのような、まるで無個性な名前のプレイヤーだった。

 開幕から発声が飛び交い、一触即発の状況が続くも、大きな点棒の動きはなく、重い雰囲気のままゆっくりと進んでいき、場は東三局にさしかかる。

 配牌で九種だったが先に北を抜かれ、ヤケ気味に真ん中から切り出していく。親から2枚中張牌が切られたらやめようと思っていた矢先、立て続けに有効牌を引き入れ、わずか6巡で聴牌が入る。待ちは2枚切れの南。これほどの好聴牌はなかなかない。西家が30000点を下回っており、僥倖トップが転がり込んでくる予感に胸躍らせていると、すぐに水を差すようなリーチの声が上がる。相手が競っている西家ともあり、真っ向勝負の構えに入る。

 リーチを受け1発目に引いてきた無筋の9pを、安全な字牌と入れ替える。西家がすぐに引いてきたのは南だった。無用の地獄牌は河に静かに置かれる。

 俺のトップ。南場を待たずに1人飛ばして終わりだ。


 ーーーそのはずだった。


 はじめは別ゲームのような、役満特有のエフェクトかと思った。次に疑ったのは回線落ちだ。

 が、何にせよ、西家の切った南を咎める声はなく、この2.3秒ほどに俺が罵倒のようなロンの発声を数回画面に浴びせているとはつゆ知らず、親も静かに打牌を完了させる。

 動転するなかようやく手牌に目を向けると、俺が9pと入れ替えていたのは2枚持ちの西ではなく、1枚しかない東のようだった。

 聴牌であってもそう呼ぶのが憚られるほどのグチャグチャな手は、見るも無惨な、無秩序なゴミの寄せ集めになり果てていた。

 100シャンテンほどにも思える手からはすぐ目の前にあったトップがすり抜けていき、流れ論者でなくともこの半荘の結果は火を見るより明らかだった。

 トップは、先の69pリーチを難なく跳満に仕上げた無個性にわたり、茫然とした俺はドラマでも見ているような、ただ成り行きを見守るだけの、惜しいのか惜しくないのかよくわからないようなラスを引く。

 もう、予約の手は押せなかった。ダイジェストは東三局のあの場面以外なかった。結果以上に、信じがたいミスをした自分が許せなかった。不運のせいにできるならよかった。自業自得すぎる結末に、のたうち回るほどの悔しさに全身が締め付けられる。

 思えば、こだわってつけた自分の名前も滑稽に感じられ、何でもいいような名前をつける程度の思い入れしかない相手にも勝てないのも、ただただ悔しかった。

 大それた自信があったわけではないが、いつか目標に到達できると信じてそれまで打ち続けた。それでもその日は、俺の心をへし折るには十分すぎるほど残酷だった。

 役目を失ったPCは静かに閉じられ、物置奥深くにしまわれていった。








 三鳳をじっくり観戦したことがあるだろうか。

 じっくりというのは、腰を据えて、なるべくなら東一局から南三局まで通しで、お気に入りのプレイヤーに集中するも良いし、視点を目まぐるしく変えながら展開を楽しむのも良い。全員知らないプレイヤーだったとしても、どの卓を選んでも、見どころが多くあるはずだ。

 天鳳三麻に取り組んだときから三鳳は意識していた。エンタメとして楽しむ余裕はなかったから、もっぱら座学として、打つのと同じかそれ以上、観戦に時間を費やしていた。


 ログインして自分が打つよりもまず先に、三鳳の観戦欄を開く。その日の目当ては☆プラチナだった。


 ☆プラチナは鬼打ち型の8〜9ルーパーで、特上遊泳時代から名前を見かけては観戦していた。判断が速く、踏み込みは鋭い。ストレートな手組みに、メリハリのある押し引き。自分ならあたふたしてしまう難しい場面も、変わらないテンポで捌いていく。
 シンプルな名前が太字によく映える、憧れのプレイヤーだった。

 いつもと同じように他家の手牌を隠して、自分が打っているかのように打牌をなぞる。淀みなく打ち出される牌の音が今日も心地よい。

 南二局、ラス目の親からドラを含む二副露の仕掛けが入り、場に緊張が走る。聴牌でも不思議はない。自手は愚形と良形の一向聴。50000点持ちで、無理をする状況ではない。

 ここまで、なんとかその速さについて行こうと必死だった俺は、☆プラチナの打牌リズムを少しつかむようになっていた。考えてもわからない細部を気にしすぎて、全体が見えなくなってしまうことが多かったらしい。マクロな見方をいつも持っておくことが重要なのだと、したり顔で頷いてみせる。

 河に目を移すと、親の捨て牌は派手だが聴牌とは言い切れない。愚形残りだが打点は十分すぎるほどで、場況も悪くない。何よりも、次局は自分の親番であり、実質的な和了りトップの状況だった。

 ここが勝負の局面だと確信した。親に強い牌を押し切り、2巡後に愚形を引き入れ、ためらうことなくリーチをかける。すぐさま親の5pを打ち取り、トップをゆるぎないものとする。

 自らのトップと錯覚するほどの、会心の半荘だった。

 この感覚を忘れないうちにと、観戦を閉じると同時に実戦に赴く。5分のラグがあるはずだが、連予約から少し外れたのだろう、☆プラチナの姿がそこにあった。

 たった今見て手本にしていたプレイヤーと同じ卓に着いている。格上に尻込みする気持ちもあるが、ぶつかって砕けたとしても戦う価値のある相手だ。

 憧れの相手と戦える高揚感を必死に押し殺しつつ、それでもどこかおぼつかない手つきで、配牌をとる。









 ーここ2年ほど、天鳳を打つのは断続的になっている。

 否が応にも時は進むもので、気持ちの変化もあるが、寝食を忘れて打ち続けるというのは現実難しくなっている。


 それでも、たまに打ってみると、あの予約を止められない感覚をすぐに思い出す。どの卓に着いても、強い相手が迎えてくれる。逃げ場がないようで鬱陶しい時期もあったが、今は安心感のほうが大きい。

 どれほど打ってきていても、勝負どころでは手が汗ばむ。鼓動が速くなるのを感じる。

 明日打つか、明後日打つか、次に打つのはもしかすると1年後になるかもしれない。

 それでも、卓に着いたときには強い2人が俺を迎えてくれると、それだけは信じられる。

 そう満足して、静かにPCを閉じる。









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