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コーヒーブレイク

  毎週水曜日は早めに仕事を切り上げて近所の喫茶店で一服することにしている。毎週同じ時間、ブレンドコーヒーを注文する。端にある1人用席に座りゆっくりと気持ちを落ち着かせる。本を読むこともあるが、ただコーヒーを飲むというのも良い。今日はどうしようか、読みかけの本を持ってきているが。

  店内は閑散としている、というほどではない。軽食をとる客の他、お喋りを楽しんでいる客、勉強している学生、読書している老人、忙しそうにパソコンを操作している者もいる。いずれも思い思いの時間を過ごしているようだ。穏やかに流れるBGMと穏やかに流れる時間。店内をそれとなく見回すのも面白い。

  静かにコーヒーを飲んでいると、近くの客の話が耳に入ることがある。興味深い話をしていると、つい聞き耳をたててしまうものだ。本を読んでいても、面白い話が聞こえてくれば頁を繰る手はとまる。

「それで、次のアポをするか迷っているのね」

「そう。悪い人ではないのは分かっているけれど、返事も待たされるし、何を考えているのかよく分からないし。前の人と違って見た目は気にならないんだけど」

  二人の女性が話しているが、あまり愉快な話ではないようだ。声の調子は元気で明るいそれとは、全く異なる。

「その人以外には今、いないんだっけ?」

「うん。最近までアプリで人いたけど、価値観がね、あわなそうだから、今は」

  男女の交際について一方の女性が悩んでいるのかもしれない。アプリはマッチングアプリや婚活アプリなどのことを指しているのだろう。

「初対面の人とアポを繰り返すのも疲れちゃってね。お互いを探るような、気を遣う会話、予定あけてお互い値踏みするように会って。もう終わりにしたいよ」

  交際に対するあまりに真剣な文句は、どうやら恋愛の悩みというより婚活と言うべき課題であることが推察される。

  恋愛ならば今、その時に相手とどういう時間を過ごすかが重要であろう。それ対して、婚活となると交際の後の結婚という未来に重点が置かれるようになることは想像に難くない。そうなると、今現在の問題に加えて将来への不安も抱え込まなければいけない。それも男女がお互いに婚活しているとなれば、自分と同様に相手も多かれ少なかれ将来を検討しているはずである。自分も相手も品定めをしつつ、品定めをされるというのは大きな負担になっていることだろう。

  どうやら婚活のコミュニティでは実際に会うことを「アポ」や「アポをする」と言うらしい。「アポ」は初回で終わることが最も多く、2回目、3回目と続くことは稀だということだ。

「たしかにアポって週末が多いから、今後続かないだろうな、という人に貴重な週末を使いたくないよね、可能性がある人に使った方がいい」

「そうなの。それに毎週末誰かしらに会うっていうのも疲れちゃうし。断ることも断られることにも慣れてきちゃったかも」

  初回でアポが終わるということは、多くの人と会ってマッチングの回数を増やすという点でたしかに合理的かもしれない。しかし、2回目に繋ぐために初回でお互いに好印象を残す必要があり、そのために準備や緊張が強いられるというのも酷である。

  コーヒーカップの底が見えた。まだ話の尽きない様子であるが、私はそろそろ店を出よう。婚活という課題に立ち向かう人々に、幸多からんことを祈って。

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