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聾学校の思い出 57 どこか似た人

丸い身体、グラマーだけど着痩せするタイプ。声はなかなかいい。気持ちがすぐ顔に現れる、わかりやすい女の子である。
中途失調で転校してきたので、小学部で受け持った先生や介護員は、難儀したと聞く。
そりゃそうだろう。今まで耳は聞こえて、家族とも友達とも話せていたのに、急に音のない世界に放り込まれた。不安感も強く、人の言葉が理解できなくなり、さぞ、オロオロと、イライラと、気持ちが揺れて、悲しい思いだったと想像する。
頑固だと先生たちは評したが、後で、それは違うと正しく評価されて、彼女の正しい思い伝わり、本当に良かった。ただ頑固ではなく、訳があったのだから。
中学部では、担任のほかは教科別に専門の教員が指導したが、介護員の私は朝から帰るときまで、少しの空き時間を除いてほとんど彼女の傍らにいた。
ゆっくり時間をかけて交流し、不信感がなければとても人懐こかった。
両親、姉兄に大事にされて育った末娘。甘えん坊で、食い気旺盛な健康娘。
ものを大事にし、好きなもの好きな事が沢山あった。はっきり好きを表してくれるのでとても、和やかだった。
私と、本質的に、似てるところがあると初めて感じた。
手元から離さなかった小物も、約束をして課題を終えたら自分に戻されるとわかってからは、授業中は何もなしで我慢できた。
ごく真っ当な子であった。
中学生であっても、本当のところ、彼女はもう暫く小さいこでいたいようなふうだったが、人形も本も飾り物も、これはお父さんから、これはお姉さんに、買ってもらったと大事に大事に。
幸せを売るヨッコちゃんは、学校で先生や友達や父兄にも、可愛がられる人気者だった。高校生になり卒業するまで私はずっと彼女とともにあった。共感が多く心地よかった。
教師の用意する課題に精一杯取り組み、難しいと(ハアー)と、大きなため息付きながら、言われたことをやり遂げようと健気に頑張る。
難しいねえ、これ、やめようか?と聞くと、しかめつらして、ううんと首を振り、また、挑戦する。
私はそんなヨッコの姿がすきだった。これも又何かしら私に似たところだと思った。
6年が、瞬く間に過ぎて、ヨッコは聾学校を卒業、作業所に入所が決まった。
送り出す私は、ガックリ力が萎えてしまう。愛されキャラの彼女の不在は、大打撃。
正しい事、気にくわないこと、嬉しい事悲しい事、彼女はある意味、基準になりうる生徒だった。間違いのない生徒だった。
私にとってだけでなかったと、今でも思っている。
彼女の笑顔を沢山引き出して、ともに幸せだったと自負もしている。

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