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526  83歳 ゆらぎの中を

(1)誕生日

 3月1日と言えば光の春!暦の春なのにウキウキしてくるのが常だった。
83回目の誕生日、申し分なく晴れやかな陽光である。
しかし心の中は、今までのワクワク気分とは違い
、ほんの少し、陰りのようなものがたゆたう。
機嫌は悪くない。
人からは、声や顔や体が大きいからか、陽気だからか、100まで生きるなんて良く言われる。
いやいや自分では、80歳を超えてからは、全く思ってない。生きの良い70代のときは、あり得ると自分でも思うこともあった。
目の手術や圧迫骨折や、腹部大動脈瘤と、立て続けに病院と縁が出来、総てのことが完全にもとに戻るようなことはなく、確実に弱った。
首から上の達者なことには変化なく、食べるも喋るも笑うも衰えなし。なさけないことだが、首から下の老化は、無惨である。皮膚にも筋力にも、脚力にも、万遍ない衰えに責められて、湿布だ、塗り薬だ、飲み薬だと、やたら忙しい。
 表面の元気さに大方が安易な判断を下し、私を丈夫な女と決めつける。
今こそ、分かってきた。正直そうだが、ちょっと違うと。希望的観測で少しでも吾が状況を良く思いたいのもそうだが、どうも、ある種のサービス精神もあるみたい。
ぐちとか、文句も嫌だし、あんまり弱々しく意気地ないことを言うのはほんとに駄目、人からも聞きたくないことなので自分も言いたくない。
無理があるとは感じないが、八方美人とかも言われたことがある。
そのくせ、人から、良い人のように評価されると、心の底の方で、違う違うと激しく打ち消している自分がいる。
 事実を正直に言うと、ごまかしきかず、劣化した身体能力が露わになる。これでは陽気に笑っていられるわけもなし。
たくさん歩けない、早く歩けない、重いものが持てない、指に力が入らない、遠くも近くも見えにくい、寒いのは苦手、暑いのも嫌、酸っぱいものは美味しくないし、硬いものも限度がある。
 こんなに否定的なことが並ぶと、気分も沈みがち。
 母が笑わなくなったと、医者に、老人性鬱ではないかと
聞いた時、医者の返事はこうだった。いうなれば老人は大方、うつ状態になり、敢えて、老人性欝などとは言わないと。
ほんとに、コロコロ朗らかに笑った母が、眉にしわを寄せ悪い目つきになったときは、暗澹たる思いだった。最後は、吹っ切れて、きれいな美人のままで、頭も正常、静かに逝ってくれて、安堵したものだ。
 さて私は、まだ、母のなくなった歳までも行ってない。
 体の内部の見えないところが、悪くなっては抵抗できないが、宥めながらゆるりと、心身コントロール怠りなく、なるべく明るい、いい人で暮らしたい。
災害やら事故やら、何があっても不思議でない、混濁の世の中、知らず知らず己も加担してきた人間の悪行ゆえ、身に振りかかるものから、逃げ切れると思うのは甘い考えだろう。
確実に助けになることなんて無いと思うから、せめて、自分が納得行く行動を心がけたい。
 50代の娘たちと散々お喋りをしたあと、ねえ、明日から83歳の文章書くんだけど、どんな見出しがいいとおもう?
残り少ない若さとせめぎ合う老化の、両方を書きたいと言って、彼女らは、ゆらぎの中でが良いと。事実そのものを書く。
 少しでも進みたい気分を込めたいと、後で考えた私、ゆらぎの中を、と決めた!

#身辺記述なれど 、前向きに
#思い切り揺らぎたい

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