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389 81歳の暮らしから

(26)チャランポラン

 遡れば、驚くほど長く祖先というものがある。水木しげるの鬼太郎のチャンチャンコは、鬼太郎を守ろうという何万人もの祖先の思いの塊なんだそう。
そこで私は暇に任せて、今ある自分の姿を、直近の父母から推し量ってみた。

(氏、育ち)

 尾張藩士の下級武士、総領の甚六の父。カチカチの建前人間が表身。満州にも行ったし、引き上げ後は、公務員になり、真面目に、無理はせず、趣味は麻雀で、無欲の人。波風立てず、惚れた奥さんに冷たくされても、それはそれ満足して70歳の生を終えた。
満洲生まれの満州育ち、両親に早く死に別れ、牧師やら実業家やらの養女となり、ハルピンで、抜擢された若き、貴金属商の支店長妻。
父25歳、母22歳、私が生まれた。
侍と、どこの馬の骨やらの女が結婚。名古屋の武家屋敷に暮らすようになってからが大変だった。
姑の祖母と、アッパッパの嫁さんは、水と油、二人の関係は、子供である私とすぐ下の妹の処遇にも現れた。末の妹は赤ん坊だから問題外。
長女の総領娘こと、私は、祖母からお茶やお琴を教えられ、物分かりよく振る舞った。悪戯盛りの妹は、この悪いお手々がと、畑の成物を引っこ抜いては、叱られていた。

(一体私は?)

 昔の親は生活に忙しく、子供をいちいち見ていない。
物心ついた数年の暮らしは、広い屋敷と広い庭と、屈託なく子供らしく、のびのび成長。
服部様の久美ちゃんは、周りの扱いもあるやら、本人も体は小さいのに、めっぽう強気の元気娘。学校も、勉強も楽しくて、本を好きなだけ読んだり、大きな声で何時間でも歌ったり、木に登ったり、遠くの友達の家を一人で訪ねたり。
早熟で、惚れっぽくて、熱烈な恋愛もし、結婚、出産、子育て、すべて人並みに進行して、気がつけば娘は次々嫁いで、夫婦二人。
人生の道のりの間に、何度も自分とは何者ぞと、自分ながらにわけがわからないことが多かった。

(本当に、どうしようもなく)

 真面目だから、大人の受けが良かった。要領が良くて友達の信頼も厚かった。
真っ直ぐにひたすらで、男は私を躱せなかった。
子供なんか、可愛くて面白くて、鼻歌歌って子育て、自分育ち。
奥さん業は、全方位の能力が生かされて、どんと来い!ぶきっちょで、要領の悪い少しダメンズの夫は、妻に全幅の信頼を寄せた。
父の、能天気な明るさと。
母の複雑思考の暗さと。
武家の気風と、大陸の大雑把と。
しかし、両親ともよく笑う人で、人付き合いよろしく、どこへ出ても存在感のある風だった。
父は体育系、母は文学系。
一目惚れの父はともかく、母は、単純な考え方と行動に見える連れ合いを全面的には認めていなかった。
女の子だし、一番上だし、母の影響大で、私も父の有り様には批判的だった。長じて、大人の考えに照らせば、なに、二人共どっこいどっこいのいい勝負。
二人の相反する気質や性格を受け継いで、私はチャランポラン。

(このまま、行くっきゃないわな)

 いいとこ取りをすることにしている。明るさが必要なとき、強くあるべきとき、のびのび身体を使うとき、複雑思考で物思うとき、マンマンデイでいるとき、きちんと律儀に事をなすとき。場面によりけり様々に変化厭わず成り行き任せ。
二人共通で私も一緒のことはある。
歌と踊りが好き、美食を好み、人と集うときはいつも笑顔、大きな声でよく笑う。
もう、これで十分。

#違って当たり前
#長所も短所も
#先祖からのあれこれ


 

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