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聾学校の思い出 34 期限付きの人

若くて綺麗な女教師、口調は静かだが、凛としている。
特別学級のふたりは、特に何も言われないのにきちんと机に向かい授業の態勢。
落ち着きのない男児も、腰の重い女児も、澄まし顔で至って普通の態度。これだけでも不思議。彼女の何がそうさせるのか?!とにかく不思議でならない。教材が特別魅力的とも思われない。
介護員の私も、実は、授業とは別なところで、、彼女から凄いテクニックを伝授され、恩恵は今に至る。
一人旅の技について。職員室で毎日見ていたポスターが南米マチュピチュのカレンダー。期限付きの職で得た収入は、皆海外旅行に使うと、優雅なことを言う。夏休み、本当に彼女はでかけた。いつも一人で涼しい顔で、遠くに行くのは、慣れている。
すっかり旅の話で意気投合。彼女の力量、旅のノウハウ、未経験の話をたくさん聞いた。
長い旅、遠い旅ほど、一人参加で費用を惜しまず、とことん中身を楽しむのが彼女のやり方。
その後すぐ、私はオランダ、ベルギー、パリの旅を教えられたやり方で堪能して来た。若い彼女のお陰が、年を重ねた今に至るまで有効である。
彼女の態度は、重度の生徒をまえにしても、たじろぐことなく、悠々たる授業の展開、腰が座っている。結婚はしないのだろうかと、年増の私は俗っぽく気にしたりした。その後の消息は知らない。
もう一人不思議な縁繋がりの期限付き女性教師がいる。部が違ったが、職員室の席が隣どうし。公務員にない華やいだ知性を感じさせて、親しく話が弾んだ。高校の後輩であることも弾みがついて、瓢箪から駒のような話になる。
ロンドンで予備校を運営している彼女の叔父なる人が、家の手伝いをすることで語学を学ぶことと両立できる人を探しているという話。家事もできるし語学も学びたいし、急な展開で私の次女に白羽の矢。短大を留年しロンドン行きが決まった。このことは娘の財産ともなり、後までも得難いチャンスだったと喜んでいる。
正規でない人には、経歴も人柄もユニークな人物が揃っていて、魅力的だった。
それなのに、職員がボーナスを受け取る日の、居心地の悪い立場、傷付く気持ちを察するに、私は心が傷んだ。
組織の下っ端でも、一応正規の職員である私は、家のローンの足しにするお金は受け取ることができた。
教師として優秀な、子供からも信頼され、対人関係も破綻なく、働きは十二分な彼女らの待遇の向上を心から望んだが、組合で取り上げられるのも誠に、じれったいような、進捗ぶりだった。
教育の場の、不平等は、あるまじき事と、いつも憤慨していた。

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