供述-3
枕元に置いていた本が無くなっていた。熟睡しすぎるというのも考えもので、それはそれで朝からドタバタしていたものだから、それを探すのも満足に行かずに店を開けて働いていた。結局、確認したのはその日の夜中だ。枕の下、シーツの下、ベッドの下、寝ぼけて鏡台の引き出しの中に入れたかと確認したが、やはり見つからない。
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おのれの無意識というものを、なかなか信じることができない。本で読んで吸収したことを整然として並べ、頭の中で陳列されたそれを模倣して自意識とする。そうすると落ち着く。晩に読んで朝失くしたのは、不思議の国のアリスだった、こんなあべこべな世界に入ってもおのれを保っていられるアリスが心底うらやましい、おのれはこの胡乱な国の住人の側だ、だから来訪者が来る度に歓迎はすれど、おのれのようになって欲しいとは考えない。続きを思い出そうとして、その内容が頭からこぼれ出てしまっていることに気づいて、いよいよ焦りが出た。些細な焦りだ。べつにこれでただちにおのれがおのれでなくなるというわけでもなし、しかし、失せものというのはほとほと厄介である、焦りを加速させるのだから。おのれの無意識を信じていないから、客観的に見られるものに手をつけた。
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防犯カメラには、空間に墨を落としたような、金魚のような何かが店内をうろついていた。またあの未確認生命体か、と思いつつもそれが本を持てる大きさや器用さを持つわけでもない。それは概ね手のひらくらいの小さなもので、ヒレはとうてい文庫本すら持てないほど薄くひらついているので、窃盗できるわけもない。結局のところ、確認できたのはそのUMAで、本はとうとう見つからなかった。陳列棚にある古本のアリスをひとつ、自分用にすることにして、本の行方を探すのを諦めた。本の行方より、本の中身の記憶の方が肝要なのだ。であるからして、べつに本の手がかりになってくれやしなかったあの墨を少々小憎たらしく思った。ふよふよと漂うアレは誰かを探しているようだった。誰を探していたっけ、誰と居たいんだったか。思いを馳せて頭の中に墨で描くようにものごとが浮かんで、急にアリスの内容が明瞭になった。これはこれで我ながら不気味である、それをもってしても依然として本の行方は結局知れない、いつか見つかるであろう。
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