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少女は裾を濡らす

#空白小説  水溜りを蹴ると、スカートの裾が濡れた。  「あーあ」と呟いてから、一人で呆れたように笑う。  傍を歩いていた少年たちが、こちらを指差しながらクスクスと笑った。  彼らくらいの年の頃、自分は何にだってなれるんだと思い込んでいた。  オリンピック選手にもなれるし、俳優にもなれるし、医者にもなれるし、その気になれば大統領にだってなれると本気で思っていた。もちろん、それ相応の努力なんて、ひとつだってしたことはなかった。ただ根拠のない自信が、当たり前のように自分の中

    • 拝啓 昭和の戦士へ

      1.緊急会議 令和5年 2月下旬の朝 眠たい目をこすりながら、ぬるいコーヒーを啜っていると、Slackの通知がデスクトップに転がり込んできた。 社長 > TMLD各位    @赤坂 @小野 @福岡 @冬木    リマインドです。    周知していた通り、本日10:00から緊急会議を実施します。    在宅勤務者(赤坂だけかな?)は、Zoomにて参加願います。    【議題】島田の欠勤および今後の対応について 「あー、ついにだね」 「もう3日来てないもんね」 「あれ、4日

      • 大嘘つきさん

        第一章 壺 私はいつも通り、家の庭を歩いていた。 無駄に広いそこは、ちょっとした散歩に丁度いい。 綺麗に手入れの行き届いた花壇には、色とりどりのパンジーが並んでいる。 「秋ちゃん、そろそろお夕飯にしましょう」 伯母に声を掛けられて、私は土で汚れた靴を脱ぎ、ベランダから居間へと戻った。 「...…ところでねぇ秋ちゃん」 秋刀魚を箸先でほぐしながら、伯母が慎重に話を切り出す。 「例のアレだけど…本当に何も聞いてない?」 例のアレ。 彼女は未だにそれを名詞で呼ぶことに抵抗

        • 六畳一間の電波塔

          #空白小説 #書き出し:東武動物公園 #書き終り:東武動物公園 東武動物公園行きの日比谷線に乗ると、南千住駅に近づいたあたりで、車窓から東京スカイツリーが見えることを、今日初めて知った。 入ったことはないけれど、綺麗だなとは思う。 武蔵と読み方を当てられる634Mは、高層ビルの立ち並ぶ都心においても異常な高さだ。 瞬く間に空を占めていく高層建築物の影響を受けて、東京タワーの高さでは電波送信の役割を担いきれないと判断されたことから、地上デジタ

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        少女は裾を濡らす

          郷の火

          第一章 銃声  書道教室に、銃声が鳴り響いた。  屋根に穴が空いた。怪我人はいない。だが確かに男の持つそれが本物であることを、その場にいる全員が理解した。 「全員両手を上げて黙れ今すぐだ。おいそこのお前、早くしろ」  一瞬の出来事だった。誰も身動きどころか、ろくな悲鳴ひとつ上げることさえできなかった。  田舎の町はずれにある民家で、まさかこんな事態が起こることを予測することも、それに即座に対応できる人間もいるはずがなかった。  全員、石のように固まってしまっている。

          郷の火

          もったいない

          「根元まで吸えよ、もったいねえだろ」 いいじゃない、もう満足したんだもの。 そう言って、私はまだ十分に吸えるそれを、そっと灰皿に落とした。 「もったいねえなあ」 それが、20代を終える手前だというのに何故かいつもお金のない、彼の口癖だった。 私は彼の貧乏性が嫌いではなかった。 身の丈にあった選択を日常の中でいくつも積み重ねていく様子を見つめるのが好きだった。 一回ではもったいないからと、同じコンドームを2回使おうとした時は、さすがに止めたけれど。 「へへ、だめか...そ

          もったいない