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夢の中へ

 いきさつは覚えてないが、子供たちを集めてカードゲーム大会をすることになった。私は8歳の子供と妻と一緒に友人の家へと向かった。
 
 どうやら私たちは最後に到着したようだ。妻と友人の妻が会話をしている。

「あれ、ご主人はどうされたんですか?」
「ああ、うちの夫は自室にこもっています。ほら・・・いつもの・・・」
「ああ、そうですか・・・」

友人は職業作家を営んでいる。しかもいわゆるノンフィクション作家で、未解決事件などを題材に書いている。
しかし、警察が解決できなかった問題を一作家が解決できるわけがなく、取材は、そして原稿はしばしば息詰まる。そうすると、彼は決まって自室にこもるのだ。

「ここ最近は『犯人はなぜ・・・』としきりにつぶやいていますの」
「まあ、グロッキーですかねえ」

別に彼は今日の主役ではないから大した問題ではないだろう。

「ママ―!」

息子の良太が妻に抱き着く。息子とは仲良くできているつもりだが、今日は妻から離れない。父としてはやはり寂しさがあるが、まあいずれ反抗期になればどちらも嫌われる。それがちょっと、ほんのちょっと早いだけだ。

友人の家はいわゆる豪邸だ。そりゃあカード―ゲーム大会を開催できるくらいだから、各部屋がリビングのように広い。・・・正直うらやましい。

しばらくして一人の女性が手をたたいた。

「さあ、みんなそろったことだし始めましょうか!」

その声につられてこどもたちが集まってくる。号令を出したお母さんははきはきとしゃべりながら皆をまとめている

「じゃあけんとくんとりょうくんと・・・」

「はい!」という元気な声が絶え間なく聞こえてくる。

その間保護者の人は長いテーブルを囲みながら談笑をしている。自分もその輪に入ろうか悩んだが、結局こどもたちを見守ることにした(・・・といえば聞こえはいいが、実際は奥様方の話に何となく入りにくいためでもある)

子供たちは楽しそうにカードゲームをしている。その奥では保護者が談笑している。
・・・何気ない日々。何気ない日常。すべてがうまくいっている。何より、我が子が楽しそうにしているのがうれしい。

妻が疑問を投げかけた。

「そういえばうちの夫は?確かに先に伺っていたはずですが・・・」

「あれ?そういえば、先ほどまで夫と部屋で談笑してましたよ。まだ盛り上がっているんじゃないですか?」

・・・何を言っている?俺はここにいるじゃないか。今のはどういうことだ。

・・・ふと気持ち悪さがこみあげてくる。これはあの・・・そう、エレベーターが上にまいるまえの浮遊感というか。徐々に体と心が分離するような・・・

気が付くと私の体は下にあった。いや、私が浮いているのだろう。とりあえずわいてきたのは「なぜ?」という感情だった。(ほかにもっとあるだろうという気がしなくもないが・・・)

一生懸命考える。しかし思い浮かばない。周りを見てみる。どうやら気づいていないらしい。みんなで楽しくカードゲームをしている。・・・なぜだ?

・・・ああ、そうだ。徐々に思い出してきた。急いで大声を上げる。しかし、届かない。子供たちは楽しくカードゲームをしている。
ありったけの力を腹に込めて叫ぶ。しかし届かない。それでもひたすらに叫ぶ。

「逃げろ!」

・・・しかし、届かない。廊下に目をやる。あかずの間だった友人の部屋の扉がすーっとスライドする。扉の向こうには目の輝きを失った友人・・・それと手には光るものを持っていた。・・・包丁である。

友人は徐々に子供たちのいる部屋へ向かう。小さくつぶやきながら。

「・・・こうすれば・・・わかる・・・」

次の瞬間の光景は地獄であった。先ほどまで輝き続けていた命が次々と奪われていく。私は何もできなかった。友人が私の体に包丁を指すことはなかった。

・・・友人は真っ赤なシミのついたワイシャツの、わずかに残った白い部分で顔を拭いた。そして自室に戻り、再び原稿用紙に一心不乱に文字を書いている。扉の隙間から胸のあたりが赤く染まった自分の体が見えた。友人はそれに目もくれなかった。

友人は急に原稿用紙の束をバサバサッとめくると、原稿用紙の一番右の列に力強く文字を刻んだ。額の汗をぬぐうと満足そうににかっと笑った。原稿の束をトントンと整えると、それを机に置き、リビングへ向かった。表題が見える。

『夢の中へ ー容疑者Xの錯乱と殺戮ー』