見出し画像

トヨタ自動車 現場の保護メガネ開発 YS180


現場の困った、必要性、安全性の解決

1)トヨタ自動車からの新型保護メガネの開発依頼が来る
2)トヨタの工場見学 その現場を訪れました。
3)現場を知っての試作品作り
4)試作品からの金型作り
5)トヨタ仕様 安全メガネの完成
6)このプロジェクトが成功したのは
7)後日談

1)トヨタ自動車からの新型保護メガネの開発依頼が来る
営業からの話で、トヨタ自動車の要望で、
新型の保護メガネを作ってほしいと。
他社とのコンペになるとの話でした。
それだけ聞いても、トヨタの気合が入っていることが分かります。

製品の条件を聞くと、
1、 重さは35g以内
2、 ゴーグルを使う現場で使用できる保護メガネ

トヨタの話では、ゴーグルを使わないといけない現場ではあるが、
作業員はゴーグルを使いたがらず、事故の恐れがあるので、
その対策に新型保護メガネを作りたい。 
これが営業を通じてのトヨタの要望でした。

これだけではよく分からない話です。
これで商品を作ってもトヨタが要望するものが出来るかどうか分かりません。
そこで、営業にトヨタの工場現場を見せてほしいと申し入れをしました。

2)トヨタの工場見学 その現場を訪れました。
思っていたのとは違っていました。
私のイメージでは機械が並び、その前に人がいると思っていましたが、
実際はスポット溶接機が三角形に並び、
その中心に作業員の人がいる状況です。

身体の向きを変えると作業が出来る様に
溶接機がレイアウトされているのです。
歩く距離が半歩でも少なくなる様に考えられています。 
さすがトヨタだと衝撃を感じました。

作業員が中心にいるので、スポット溶接する部品をセットして、
次の溶接機にセットする。
3台の溶接機に順番にセットしていくのです。
当然、前から、横から、後ろからのスポット溶接の
火の粉が降り注ぐような状況でした。
当時はそんな現場でした。

その現場の状況であれば、ゴーグルの使用は当然だと思いましたが、
作業する人にとっては、
8時間もゴーグルの使用は圧迫感があり、
一日中は使いたくない様子です。
作業員の人達の気持ちがよく分かりました。

スキーをしているとゲレンデではゴーグルはかけたままです。
しかし、休憩や食事の時は外します。
ゴーグルの密閉した状況では何となくストレスがかかります。
スキーを滑ってる時は斜面を注視しているので、
意識が斜面の状態を見る様に働くので、ゴーグルが気にならないのです。
水泳でも同じです。スイミングゴーグルは泳いでいるときは意識もしませんし、ストレスにはなりませんが、泳ぐのを止めて、
プールで立ち上がると、ゴーグルはかけておられません。
やはり、ストレスがかかっています。
仕事とはいえ、1日中のゴーグル使用は大変だと思います。

是非とも、この現場で使える保護メガネを開発しよう。
と強く思ったものでした。

3)現場を知っての試作品作り
現場を知ることで、どの様に考えて商品作りをするか、設計したらいいか、試作品をチェックするか、常に現場をイメージして、開発に取り組むことが出来ます。
現場を肌で感じることがとても重要だと思います。

その後に追加された条件は、
1、 だれでもが掛けやすい事
2、 ズレない様にフィッティングの調節が出来る事
3、 キズ付いたレンズの交換が現場の人で行えること
4、 見学した現場での使用がOKなら、他の工場現場でも使用する

そこから示された条件に合うように構想をねり、
設計をし、試作を始めました。

・メガネに上下ひさしを付ける
・横からの飛来物を防ぐサイドカバーを付ける。
・現場でのレンズ交換が出来る様な角の少ない
 丸みの帯びたレンズ型にデザインする。

当時はデザインや設計もアナログの時代で、手を動かすことで、
デザインを始めました。
もちろん専属のデザイナーが居るのですが、思いを明確に表現するには
自らが手を動かすのが一番良いと考えました。
メガネはレンズ型が設計の最初になります。

私は類似の玉型を定規にして、大体の形状を作りました。
その形状の紙をプラスチックの型板に貼り付け、線に沿って、
図面の玉型を切り出すのです。 
その後はヤスリで削り込み、思うような形状に仕上げるのです。
ヤスリの感覚で、自分が思ったレンズ型にするのです。

原形の玉型からリム部分や智の部分の肉付けして
メガネの形状を作っていきます。
トヨタ仕様の保護メガネは3次元要素が強いので、
実際の形状の試作が必要です。
大体の三面図を作り、試作に移ります。

試作の材料は30mm厚のプラスチックの板を張り合わせて作ります。
その板に保護メガネの平面図をケガいて、
そのケガキ線を糸鋸で切り出すのです。
当時はその様な方法で立体のメガネを切り出したのです。
かけ心地、サイズ、テンプル角度、開き、総合的な詰めをして、
3度試作を繰り返しました。

メガネのサイドカバーのバランスと成形のやりやすさを考えて、
テンプル芯はサイドカバーの中心近くにデザインしました。
出来るだけ凸凹しない、シンプルイズベストを狙ったデザインに
仕上がりました。
試作完成品で、金型の製作を依頼しました。

4)試作品からの金型作り
金型屋さんには、試作品のメガネで、
これと同じ製品が出来る金型を作ってと言った依頼方法でした。
当時はアナログ時代で、大体のサイズが決まると後は感覚で、
もう少しああして、こうしてでした。
今だと通用しませんね。
もうちょっととは何mmと言われてしまいます。(笑)
アナログで、感覚的に言うと、触りまくって作った様な
保護メガネになりました。

友人の金型屋 Yさんも、厚い銅板から試作品同じ形状の銅型を切り出し、
メガネそのモノの形状を作るのです。
何度見ても芸術的な放電マスター型です。

通常は表側と裏側の2面の放電マスターを作るのですが、
Yさんは人の顔に掛けることが出来る放電マスター型を作るのです。
銅型の現物を手に取って、顔にかけて試せるのですから、
何度も場所を指示して、肉厚を薄く、限界を目指して作りこみました。
軽量化を目指していたので、製品の肉厚を出来るだけ抑えたかったのです。

今だと、3D図面から3Dプリンターで立体形状を作り出すことが
簡単に出来ます。

アナログの原点を知っておくことが、
デジタル時代でも大事だと思っています。
人の感性を製品に織り込むことで温かみが出ます。
特に体に、顔に着けるものは特にそれを感じます。

画像1

5)トヨタ仕様 安全メガネの完成
金型屋さん、成形、仕上げ工場のご協力を得て、
最初の現物を見た時は感動でした。
思った通りの出来栄えで、かけ心地も素晴らしいものでした。

重量は40gと当初の要望より重くなりましたが、
バランスが良くて、かけ心地も良かったので、
これでOKとなり、トヨタの正式採用となりました。

しばらくして、トヨタから、他社にも販売してもOKとの話が出ました。
量産効果で、納入価格を少しでも抑えて欲しいとの事でした。
我々としても大歓迎で、お蔭で他の自動車メーカーにも堂々と売り込みが出来ました。
「今度新製品はトヨタの正式採用になった保護メガネです」と

このトヨタ保護メガネ開発を通じて最も嬉しかったことは、
しばらくしてドイツのウベックスがこのトヨタ型の類似品を作ったのです。
それまで、我々はドイツのモノを参考にしていたことが多かったのです。

トヨタの要望はこのスポット溶接の現場に使える保護メガネと言うテーマでした。
結果的に、このコンセプトが工場のどの現場でも使える汎用品となり、デザインもシンプルで、機能を追求した形でまとまった製品になりました。

日本の競合他社も類似品を商品化しました。
意匠登録をしていたので、話し合いの結果、
ロイヤリティーを頂ける事となりました。
これも企画マンの大きな喜びの一つです。
この商品は30数年に渡り売れ続け、
累計総数1000万個になろうとしています。

このメガネは後の花粉グラスとしても採用され、
このコンセプトやデザインを参考にした多くの保護メガネが誕生しました。
その意味では、保護メガネの一つの方向性を示した商品開発となりました。

6)このプロジェクトが成功したのは
・営業の話を鵜呑みにせず、現場に出かけて、
 実際にその様子を肌で感じたこと。
・トヨタからの要望が明確で、現場の作業員、安全課、代理店、営業、
 企画がそれぞれに開発すべきテーマを明確にもって、
 ゴールを目指した事が大きい。
 方向とエネルギーが一致しました。 
 これは簡単な様で、難しい面があります。それぞれの思いが異なると、
 出来上がる商品も迷いが入り込むのです。
・企画開発時の試作において、プラン、ドウ、チェックで何度も
 修正をして、ベストに作りこんでいきました。
 これが出来上がりの完成度をアップさせました。
・金型製作の現場でも、何度も打ち合わせをして、任せきりにしなかった。
 3DCADの発達した現在では、設計段階と光造形や3Dプリンターの
 造形品で、検討して、決まってしまいます。
 設計者はメガネの事、金型の事、製造の事をよく知った上で、
 設計が必要です。
・成形工場でも、このメガネの製造ラインを機械も含めて、改良、
 増強して、製造体制を整えた事。
・これに関わった人達が、現場の悩みを真摯に受け止めて、
 それを解決できる商品作りに邁進した事。

これらが合わさって、このプロジェクトが成功しました。
一つの商品を生み出すには面倒な事が沢山起きてきます。
その面倒を丁寧にこなし、解決することが、完成度の上がった、
お客様から支持される商品を作る事が出来るのです。

何十年も前に企画開発した商品がテレビに出てくると、うれしいものです。
元気にしてた!! と子供を見る思いになります。
自然と顔がほころびます。

7)後日談
あまりに長きに渡って商品として売れ続けたために、金型も同じものが
2型作られ、類似形状の保護メガネも開発し、
同じコンセプトで防塵メガネ、溶接メガネ、レーザーメガネ、花粉メガネ、ウォーキングメガネと広がりました。

同じメガネでは価格変更が難しく、製造時点の利益率が低下しました。
また、金属丁番や金属芯を使っており、この部品製造をする工場がだんだんと無くなってしまい、
製造を続けるのに、不都合が生じました。

こうなると、時代に合わせた部品構成や製品設計の手直しをして新製品として新しい保護メガネを作る必要になってきます。
実際、その様に新しい製品が開発されました。
しかしながら、原点製品は相変わらず、販売数量は少なくなったものの売れ続けているのです。

画像2


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?