見出し画像

ボルツマン定数を暗算で

ずいぶん前だが、知人たちと昼食を食べている時に「ボルツマン定数を暗算しよう」という話になった。光速や重力加速度など、よく使う物理定数の値はだいたい覚えているものだが、ボルツマン定数を生で使うことは少ないため、その値は有効数字一桁も、下手するとオーダーも危ない。なので自分が知っている物理定数の組み合わせからボルツマン定数を導いてみる。とりあえず有効数字は一桁で良いことにしよう。

さて、ボルツマン定数が出てくる式といえば理想気体の状態方程式

PV=nRT

であろう。Pが圧力、Vが体積、nがモル数、Rが気体定数、Tが温度である。気体定数はアボガドロ数Naとボルツマン定数kの積だから

PV=n Na kT

となる。この式にボルツマン定数以外の値を突っ込んで、ボルツマン定数kを求めることにしよう。アボガドロ数 Na がおよそ6*10^23であることは覚えていたので、それ以外を考える。

まず、標準状態の理想気体の体積は22.4リットルであった。標準状態とは、1気圧で適当な温度を指定した状態のことである。標準状態の温度が正確に何度だったか思い出せないが、300 [K]だと思えば大きくは外さないであろう。1リットルは10^6 ccであるから、10^-3 [m^3]である。これでVとTが求まった

次は圧力Pである。一気圧がどういうものか思い出さないといけない。水銀柱にして700mm〜800mm程度であることは思い出せるが、肝心の水銀の比重がどれくらいだったかがわからない。しかし、「一気圧は、水柱を10m持ち上げる力がある」というのは覚えていたので、そっちから計算しよう。1平方メートルあたりの力に持っていきたいので、底辺1平方メートル、高さ1メートルの水柱の重さを求めればよろしい。水は1ccがおよそ1gなので、この水柱の重さは10^4 Kgである。したがって、一気圧とは10^4 キログラム重/平方メートル、つまり10^4 [kgw/m^2]である。これで必要な要素はすべて求まった。つまり、

10^4 [kgw/m^2] x 22.4 x 10^-3 [m^3] =  6 x 10^23 x k x 300 [K]

である。ここからボルツマン定数は

k = 1.24 x 10^-24 [kgw m /K]

と求まった。・・・あれ?キログラム重メートル/ケルビン?ボルツマン定数の単位ってこんなんだったっけ?

えーと、他にボルツマン定数が出てくる式を考える。よく使うのは「温度をエネルギー換算する」場合だ。1 eVがおよそ1万度にあたるとか、そういうやつ。つまり、ボルツマン定数は、エネルギー[J]と温度[K]を橋渡しする定数であったはずで、[J/K]で書きたい。エネルギーとはなにか?力かける距離である。したがって、ジュール[J]はニュートンメートル[Nm]でかける。つまり、キログラム重[kgw]をニュートン[N]になおしてやれば良いんだ。キログラム重とは1キログラムの重さの物体が地球に引っ張られる力なんだから、重力加速度gをかけたものだ。重力加速度は9.8m/s^2だったから、

1 [kgw] = 9.8 [N]

である。両辺にメートル[m]の単位をかければエネルギー[J]の単位になる。以上からボルツマン定数を[J/K]で書くと

k = 1.22 x 10^-23 [J/K]

となる。

「OK Google! ボルツマン定数を教えて」

k = 1.38064852 × 10^-23 m^2 kg s^-2 K^-1

後ろの単位がごちゃごちゃしているけれど、これは[J/K]ですね。というわけで、10%程度の誤差で求めることができた。めでたしめでたし。

せっかくだから、どこで10%の誤差が出たのか調べて見よう。まず、うろ覚えだった標準状態の定義が怪しい。これを調べて驚いたのだが、僕は「標準状態の理想気体の体積」を「22.4リットル」と覚えていたのだが、いまは違うんですね。標準状態とは0℃、1気圧(atm)とすると習ったんだけど、これはNTP (normal temperature and pressure)と呼ばれてて、いまは0℃、100 kPaがSTP (standard temperature and pressure)と言うんですって。まぁ、とりあえずNTPで計算を続けよう。NTPでは0℃、つまり273.15 Kだったのを、僕は300 Kと近似してしまった。これだけで9%程度の誤差。もし先程の計算で300 Kの代わりに273.15 Kを使ったとすると、

k = 1.34 x 10^-23 [J /K]

あ、わりといい線いきますね。誤差のソースはほとんどが標準状態の温度を0℃にとったか300Kにとったかから来てたみたい。残りの主な誤差は、一気圧の定義由来だろう。一平方メートルあたり10トンと近似したが、実際には10.34トン。これを入れると1.385 x 10^-23[J/K]で、ほぼ一致する。

別の方法でも調べてみよう。僕は覚えていなかったが、もしあなたが「素電荷eがおよそ1.6 x 10^-19 クーロンである」ことを覚えており、かつ「1eVがおよそ1万ケルビンに対応する」ことを知っていたなら、ボルツマン定数は「1eV = 10^4kT」から簡単に

k = 1.6 x 10^-23 [J/K]

と求まる。誤差が結構あるが、これは「1eV = 11605 kT」を「1eV = 10^4kT」と近似したせいで、「1eV=1.16 x 10^4 kT」を採用すると

k = 1.38 x 10^-23 [J/K]

とそれなりの値になる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?