カムイを見た日。前編
この日は朝から何やら沖が騒がしかった。普段はわかるはずもないのだが、早朝から肉眼でもわかるほど水平線の先で鳥達が騒めいているのだ。
この日は仕事で午前、午後と船に乗って海へ行く。風が若干強く吹いていて、何とも揺れそうな天気だ。
ホールウォッチングの観光船に乗ると何とも奇妙な感覚を覚えた。先程まであれだけ騒がしかった沖が、ほとんど何の生物もいない。私たちの船を合わせて5隻も出航し2時間半探し続けたが、見られたのは小さなハシボソミズナギドリの群れとイシイルカだけ。どちらにも言えるのは、大きな宴が終わった後のなんとも言えない喪失感を覚えているような、とにかく全く近寄っても逃げないし、こちらへの興味関心など微塵もない様子だ。
そして沖は突風によって波が立ち、まるで人を寄せ付けないかのように綺麗に荒れた海と航行できる境界が分かれている。
午後に乗ったヒグマ船の船長も午前中漁師の仕事中に同じ感覚を覚えたらしく、「今日の沖はなんかおかしい。おらもどうなるかわかんないから、何ともないとこまで行くべ。」会った途端、こちらもこの意味を理解している前提でそう言い放った。
ヒグマを探しながら船を岸沿いに走らせてみると、やはり道中見られたのは数羽のユリカモメとオオセグロカモメだけ。ここも同じで何かがおかしい。
船長と2人でじっと陸を探していくと、知床岬の突端が見える付近から急に何頭ものヒグマがその周辺に集まり、そして全員沖を気にしている。その先には朝見たあの騒めきが、間違いなく朝よりもだいぶん近くに見える。
「海は時化てない。変なうねりはあるけど行ける。行くか?」
そう言い放った船長の視線の先も、ヒグマや私と同じあの沖を見ている。唯一心配なのはお客さんの安全だけ。しかしここまでもこのあとも大きく揺れる心配はない。お客さんも流石に沖の異変に気が付き始めているようだ。それを確認した私は、船長を見て返事をした。「行きましょう。あれが何なのかこの目で確かめたい。」
後編へ続く