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わたしと水素

水素エネルギーについて研究をすること6年、研究室生活以降の意思決定には”水素”がなくてはならないものであった。研究室配属、留学、博士進学、まぁまぁでかい意思決定の側にはいつも”水素とわたし”が側にあった、そんなイメージである。

正直初めからここまで強い思い入れがあったわけではなく、時間と熱量を注いだだけ思い入れが生まれてきた。それこそはじめたきっかけは全然大したことなかった(”父親に言われたから”、が正直な回答になる)。でも続けてきてわかったこと、今だから伝えられる水素の良さや僕の水素に対する思い、この部分を言語化し、みなさんに届けたいと思う。

電気を”おすそわけ”できること

なんだか掴みどころのないタイトルを振ったわけだが、水素エネルギーのいいところ、を日本のみなさんに端的に伝えるとこんな言葉になるのだと思う。

クリーンエネルギーとして注目を集めつつある水素だが、電源として利用することもさることながら、個人的には電力貯蔵手段として注目している。

下図に示すのは、平成30年度のある1日における電力の発電量・需要量のバランスを示している。需要量を超えた発電に関しては揚水動力などで調整する必要があるが、その調整能力を超えて発電が行われたため、太陽光発電所や火力発電所に対して”出力要請(発電しないでください命令)”を発出した。昨年は同様の出力要請が東北電力・四国電力などでも発出された。

平成30年5/3における九州本土での電力需給バランス(出典:経産省

つまり、日本では再エネでの発電が部分的ではあるが”余り出している”のである。出力要請を出す、ということは、発電できるはずの太陽光発電の発電をやめていることになるし、解釈の仕方によっては、”再エネを捨てている”とも取れる。

中学の理科の教科書で見たことがあると思うけれど、金属棒2本と電池を接続し水に入れると、マイナス側から水素が発生する。つまり、電気は水素に変えることができ、水素として貯めておくことが可能である。

バッテリーは長時間貯蔵すると電極への負荷等が大きく、特に100MW以上の電力を長時間貯蔵する上では水の電気分解(水電解)による水素製造が効果的である(下図参照)。

充放電時間と出力のオーダーの相関。大規模かつ長時間貯蔵する際は水素は有効(出典:日経クロステック

つまり、水素は”バッテリー”として利用することが可能なのである。例えばGWで出力要請にあった際の電力は水素で貯蔵し、冬の電力が切迫したときには水素による発電により電力不足を緩和することが可能である。

また再エネでの発電には地域差があり、九州・東北・四国等では太陽光による発電量が先行している。今後は洋上風力発電所が増えていくため、発電できる地域とそうではない地域の格差はますます大きくなると推測する。

こういった地域・時間による電力需給バランスをならし、足りないところに”おすそわけ”することができる、これが水素技術の大きな利点である。”おすそわけ”によって元来より持続可能な社会を築いてきた日本にもカルチャーフィットする技術であると言えるのではないか。

自立したエネルギーシステムをつくることができること

実は日本は、”再エネ大国”になりうる可能性を秘めた自然大国である。環境省による試算によれば、2020年現在の発電電力量の2倍を賄う自然エネルギーが日本には眠っている(下図参照)。

日本における再エネポテンシャル(出典:環境省

現状の日本を翻って見てみると、現在のエネルギー自給率は約2割未満にとどまる。また、8割近くの電力を賄うための化石燃料輸入に要するための正味輸入額が約18兆円とG7最大である。(出典:関西電力三菱総研

もちろん現状全電力エネルギーを再生可能エネルギーに転換することは現実的ではないが、少なくとも電力需要の2倍を超えるポテンシャルがある日本では、再エネは爆発的に増えていっていいと個人的には考える。

流石にポテンシャル全部が実装されるとは考えづらいが、でも2倍のポテンシャルを考えるとエネルギー自給率は当然100%を超えてもいいと思う。さらに言うと、産油国に落としていた約18兆円の予算を国内の経済活性化に活用し、現存する社会課題解決への糸口にできれば諸社会問題に困る人は劇的に減っていくだろう。 細かいビジョンはわからないけど、18兆円あったら何かできると思わないですか?

ガンガン発電し、余ったら水素に貯めて置いておく、余りすぎたら海外へ売却などもして電力不足に陥っている隣国なども助けるなど、そういった国内外を超えた範囲で”おすそわけ”できる国になっていけたら、なんかカッコよくないですか?

日本の技術をふんだんに活用できる領域であること

水素は未来の技術、というイメージを持つ人がもしかしたらいるかもしれないけれど、何を隠そうその技術の多くを開発したのは日本企業なのである。

2023年現在、欧州特許庁と国際エネルギー期間がまとめた水素に関する世界各国の特許出願共同報告書では、2011年〜2020年の10年間で日本企業などが出願した特許件数は全体の24%を占めており、首位であった(出典:産経ニュース)。 

技術ベースでは、水素社会を先行しているのは日本である。以前聴講した水素閣僚会議2020でも、日本が先行して水素社会実装に向けて旗振り役としてプレゼンスを発揮していたのが印象的である(https://note.com/kaito_19051095/n/n61845bbc6310)。

しかし、現状を翻ってみてみるとこの技術的に先行していた背景が現状に追いついてきているかというと、必ずしもそうとは言えない。水素社会実装に向けては、ドイツを中心とした欧州が抜きん出ている。また直近の特許件数では、中国が米韓独を抜き、日本に迫っている(参考:日経新聞)。

下記は、再生可能エネルギー・水素インフラ普及に向けた巨大コンソーシアム、”AquaVentusイニシアティブ”である。10GWの洋上風力発電を建設し、その全てをグリーン水素製造に活用し、水素を活用したエネルギーマネジメント構想を描いているのである。

AquaVentus Roadmap (Resource: RWE)

実現できるかどうかは別の話であるのと、既存インフラとの親和性などの問題があって日本で全く同じことを再現できるとは言えないだろう。しかし、大局を描き、一つの大きな目標を打ち出し、エネルギー課題に取り組むをつくることは日本にだってできると僕は思う。

何より、こういった社会を実現している根幹の技術の多くは、日本が生み出したものである、という事実は、とっても悔しく感じた。 実際ドイツにいったときにも、”僕は水素の勉強をしに最先端のドイツを見にきたんだ!”という姿勢に対して、”なぜわざわざドイツに来たんだい?日本で勉強していればよかったのに”という反応を受け、モチベと現状の差に衝撃を受けたことは記憶に新しい。

だけど技術ベースで日本が先行しているのは事実であり、あとはそれをどうやって社会に実装していくのか? 、重要なのはこの観点であり、僕が取り組みたいテーマである(社会実装に関する参考URL)。

研究者が必死に開発したテーマを適切に社会に起こし、みんなが快適に使えるように事業化していく、こんなテーマに取り組んでいきたい。

正直、博士課程まで研究を続けたわけだが、自分が研究で他者より秀でているなんて思ったことはほとんどなかった。僕より後輩の方が何倍も真摯に、真面目に、かつ正確に実験をできるし、僕以外の人がこのテーマに取り組めばこの研究は何倍も加速する、とずっと思っていた。

僕にできることがあることがあるとすれば、そういった優秀な研究者が何の不自由もなく、自由に自分の才能を遺憾なく発揮できる場所を用意すること、そして彼らが見つけた技術の真の価値を正しく世の中に広げること、この二点である。

そういったことを実現できる人になりたい。ぴっかぴかの社会人が綴る、キャリア目標と実現したい水素社会の話。

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