うみいろノートNo.2 アナクロ
目にも止まらぬ早さで時代が進んでいく中、時折自分だけが止まっているような感覚に陥ることがある。
神保町の一角。木造建ての小さな本屋。
小さな頃から母に連れられ、絵本や児童書を買ってもらっていた。思えばあれが本との最初の出会いだった。現実ではない不思議な話。そのどれもが鮮やかで頭から離れなかった。
その場所に通うようになってから、手にする本は変わっていった。学校の勉強に追いつくためにボロボロになるまで使った参考書、夢中に
なって読みふけた漫画、未来を託した赤本、自然と惹かれるようになった小説。
振り返ってみると、その本屋で買ったものがいつも身近にあった。
一昨日の会社帰り、仕事を早く切り上げることができたので、5年ぶりにその本屋に行ってみた。ふらっと立ち寄れる雰囲気がその本屋の魅力だったことを歩きながら思い出した。
懐かしい道を右に曲がると、その本屋は全国チェーンのラーメン屋に変わっていた。
「そんな本屋もあったねぇ」
いても立ってもいられず、すぐさま母に電話し本屋がなくなったことを伝えると、思い出すように母はそう言った。
所詮、そんなものなのかもしれない。誰かからしてみれば、記憶の断片にあるだけの、ただそれだけの場所。
そんな場所がまた一つ、この世界からいなくなる。時代はどんどんスマートになり、ハイテクになり、利便化されていく。
それでも、あの本屋の匂いや紙の本の愛着は決して忘れない。アナクロな人間にまた一歩近づいていたとしても。
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