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砂漠〈うみいろノートNo.27〉

東京を離れたことの最大のメリットといえば、満員電車に滅多に遭遇しなくなったことだ。
最寄り駅は当駅発の電車が多いためか、毎日座って出勤している。東京では通勤で座ることなんてまずなかったから、大きく世界が変わったといっても過言じゃないくらいの変化だ。

そんな通勤時間で今まで夢だったことを実現できるようになった。そう、読書だ。
そして、僕は伊坂幸太郎という有名作家の作品に今さらになってハマっている。
まだ伊坂作品は全体の3分の1ほどしか読んでいないが、どの作品にも言えることは「台詞の秀逸さ」なんじゃないかと思うようになった。
そのことを改めて感じることになったのが初期作品に当たる『砂漠』。

『砂漠』は大学生5人のいわゆる青春小説だが、一般的なそれとは違う。
各章が「春」「夏」「秋」「冬」となっており、それぞれ大学1年の春、2年の夏、3年の秋、そして4年の冬という構成で物語は進んでいく。
冷めた性格をしていることから周囲を見下しがちの「鳥瞰型」と揶揄される主人公の北村、遊び好きでお調子者の鳥井、アメリカのパンクロックバンド・ラモーンズのファンである小太りの西嶋、大学一の美女だが不愛想な物言いの東堂、シャイだが超能力じみた力を秘めた南。読者の皆さんの周りにも今まで1人はいたであろう個性的なメンバーが季節ごとに事件に巻き込まれていく。

作中では「なんてことはまるでない」という台詞が度々登場する。
この一文を見るだけでは特に特別な台詞には感じない。しかし、主人公たちの熱い感情や気持ちが最後に「なんてことはまるでない」ということが分かると、「まるでないんかい!」と落差を感じるのが何故か心地よかったりする。と同時に、その台詞を吐く鳥瞰型である北村の冷めた性格も際立つ。こうした本来の意味以上の意味を台詞に込める筆致に僕は読むたび敬服してしまう。

伊坂幸太郎という作家が織りなす、読者を離さない物語の展開と底知れないユーモアさ。
僕はこれからも伊坂作品のいちファンとして作品を読み続けたい。

そして、最近は通勤時間だけでも伊坂作品からそうした洒落た台詞のエッセンスを吸収しているからか、まるで雨が降ってくるように気に入った台詞がどんどん思いついている。
いつもカバンに忍ばせているネタ帳には、いつの間にか台詞の言い回しでいっぱいになり、ある時手元からそれを落としてしまった時に拾ってくれた見知らぬ女の子と百年の恋に落ち、今度婚約を申し込もうと最近本気で考えるようになってしまった。

なんてことは、まるでない。

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