合成脚色料

最近、僕の身に起こった出来事について記述します。

とある休日。
自宅でお弁当用のサラダチキンを料理しているところに電話がかかってきた。

「上村さんですか。警視庁野方警察署刑事部の者です。今すぐ野方署に来てください。」

突然のことなので訳が分らなかった。
頭をよぎったのは友人が何かトラブルを起こしたのではないかということ。僕は料理の最中だったので少し時間をおきたかったのだが、「今すぐ来てほしい」とのことだったので、炊飯器を保温モードにしてすぐに野方署に向かった。

野方署に入ると受付の警察官が僕の顔を確認するなり「上村さんですね」と言って、6階の部屋まで誘導してくれた。
その間、その警官にぴったりと付かれているような気がして僕は居心地が悪かった。

僕は取調室に入れられた。
そこには3人の警察官がいて、そのうちの一人が言った。
「私は警視庁刑事部の橋本です。これから上村さんを取り調べします。調書をとるので正直に答えてください。そして、我々はあなたを今日逮捕します。いいですね?」

意味が分からなかった。
「ちょっと待ってください。逮捕って何のことですか?何の罪ですか?」

そのとき一瞬、橋本とのにらみ合いがあった。
橋本は僕の罪を確信しているような目をしていた。

それから橋本は、ゆっくりと諭すような口調で口を開いた。

「今、日本には年間3万人を越える自殺者がいます。そのうち、10代から20代の自殺者は1割強を占めている。警察ではこの世代の自殺者にある共通点を見つけた。」

橋本は少し間をおいて言った。
「君は訳の分からない文章を作っているね?」

「はい。」

「実は、この世代の自殺者の多くはお前の文章の愛読家だったんだ。中にはお前の文章を読みながら飛び降りたり自殺を試みる人間もいた。警察としてはお前が間接的に自殺をほう助したとみなし、刑法第202条〝自殺関与・同意殺人罪〟で逮捕します。」

僕は冷静さを失わないように、言葉を選びながら言った。
「証拠はあるんですか?仮にそうであっても、何故僕が自殺をほう助したことになるのでしょう。
僕は文章を作っているだけで、自殺を推奨したりそそのかすようなことは一度もしたことがありません。」

そこまで言うと他の2人の警察が前にでてきた。
彼女らは科捜研(警視庁科学捜査研究所)の者だと名乗った。
一人は研究員で、もう一人がその上司のような立場の人だった。
一人の研究員がグラフや表の書かれた何枚かの資料を机の上に広げる隣で、身長のある上司であろう人物が淡々と喋り始めた。

「上村の文章は、90%以上がナルシシズムによって構成されている。比喩表現に理解し難い場所もあるが、適度な分量によってかろうじて分りやすい文章となっている。そしてお前の文章がもたらす表現が、ある特定の人間の心にゆさぶりをかけ、彼らに自殺衝動を促しているという調査結果がでたのだよ。」

僕は椅子にもたれかかった。
「それだけでは僕の文章のせいで人が自殺しているという証拠にはならないと思います。ギリギリの、危うい心理状態の人が、たまたま僕の文章を読んでいただけ、ということはあり得ませんか?」

橋本はうんざりした顔で一瞬目を閉じてからこう言った。
「この世代の自殺者の多くは太宰治、坂口安吾、川端康成や筒井康隆といったような大作家の文章を好んで読んでいた。しかし、彼・彼女らが自殺する直前に読んでいた文章は、ほとんどがお前のそれだったのだよ。それを我々は、お前の文章が特殊な心理状態の若者達、いわゆる〝メンヘラ〟の心を揺さぶるトリガーとなり、彼らに自殺衝動を促していると結論付けた。」

橋本がそのまままの姿勢で言った。
「そういうわけです。
警察は上村さんが意図的にそのような音楽を作り、〝メンヘラ〟を自殺に向かわせていると結論付けました。言わば、令和版 ハーメルンの笛吹き男と言ったところか。」

僕は否定した。
「そんなことは一切意図していません。事実無根です。」

橋本は言う。
「素直に罪を認めて短い刑期で済むか、それとも嘘をついて人生を棒に振るか。
上村さん、よく考えた方が良いですよ。」

組んでいた足を解く。
「僕はその罪を認めません。僕は一度も〝メンヘラ〟を自殺に追いやるようなことはしたことがありません。」

長い沈黙があった後、3人の警察は取り調べ室を出た。
そして間もなく僕は野方署を出てワゴン車に乗せられ、東京拘置所に身柄を移送された。

東京拘置所でも孤独だった。
警察に逮捕され、わけもわからないまま拘留されたあげく、喋る相手もいなければ出される食事も味気なかった。酒なんか当然ない。
そこで僕は窓の方をなんとかなく眺めながら今日自分の身に降りかかった様々な出来事を思い起こしていた。

拘留されてから12時間ほどが経ち、僕はまた取調室に連れて行かれた。
そこにはやはり橋本がいた。
「上村さんが拘留されている間、国内で30件の自殺者が確認されました。うち10代が5人で、20代が8人です。」

「10代のとある女性は自宅の浴槽で手首を切って亡くなっているところを発見されました。
その時彼女の枕元にあったものはあなたの書いた〝花園〟という文章でした。」
「また、20代の男性は会社の帰り道に歩道橋の上から飛び降りそこを通ったトラックにはねられて死亡しました。彼の鞄の中にはあなたがこの間作ったzineが入っていました。」
「また別の女性は、あなたのnoteをたまたま読んで会ってみたいと連絡したが返信が無かった事を
遺書に残して自室で首を吊っているところを発見されました。」


ここまで言われると否定のしようが無かった。
僕は日本中のメンヘラを自殺に向かわせている元凶なのかもしれない。そう思い始めていた。

橋本が身を乗り出した。
「これだけ多くの人が亡くなっているんですよ。貴方には責任がある。多くの若者の未来を絶っているという観点から、ひいては国賊として刑法77条〝内乱罪〟の適用も視野に入れている。」

僕は暴れた。
誰に見せるでもない文章が、こんな不幸を招くとは思っていなかった。こんな結果は望んでいなかった。
色々言いたいこともあったし理不尽だとも思った。苛立ちが募った。
あげく、我を忘れて僕はその場でわめきちらした。
壁を殴りつけて壁に身体を打ちつけた。
橋本は表情を変えずに僕をただただ見ている。

そのまま僕は独房に入れられることになった。
落ち着くまでどれくらい時間が経ったのか分からない。
壁にはいろんな落書きがされていて、外は静かで窓からは何も見えない。
ただ窓だけがあるその部屋で、窓はなんとも言えない綺麗な青色だった。
ぼーっとしていると音楽が流れてきた。
エルヴィス・プレスリーの『ブルームーン』 


警察(橋本)の意図は分らなかった。
何故これをスピーカーから流すのか。
分らないけど、とにかくこれを聴いている瞬間、気づいたら僕の脚はブランコに座っているように宙に浮き、その脚はぱたぱたと揺れていた。

それから刑事裁判にかけられ僕には執行猶予つきの死刑判決が下された。
「死刑執行の時になったら電話で連絡するから、
それまでの執行猶予期間は世のため人の為に人生を全うしろ。」とのことだった。

そんなわけで僕は、今日こそ電話がかかってくるのではないかとびくびく怯えながら、朝はサラダチキンを作り、平日は仕事をして、
たまに文章を書きながら生きている。

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