ちょっとだけ帰りたい日々

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』というと、高三の三月上旬を思い出す。受験も一通り終わって、後は合格発表だけ、という、一番何をして良いのか分からない時期に、NHK-BSか何かで、三部作が一挙放送された。することも無いので、一人でぶっ通しで観ていた。
 折しもその日、高校の同級生(仮にAとする)が、ネット(当時は大半が2ちゃんねる、少しTwitter)で、あらぬ疑いを掛けられて炎上していた。同級生と言っても、クラスも同じになったことはないし、話したことも三年間で数回程度だったので、炎上の火が最高潮に達していた夕方になっても、彼への同情よりも、数年ぶりの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』三部作へのワクワクが、圧倒的に優っていた。
 近所のGEOで買ったポップコーンを片手に、一作目を見始めた。楽しい。面白い。グイグイ引き込まれる。すると、一本のメールが入った。高校の友達からで「2ちゃんねるでAが叩かれてて大変みたいよ」的な内容だった。いやいや、申し訳ないけど、僕は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を観てるんだ。「今『バック・トゥ・ザ・フューチャー』観てるから」と返して、ギターを掻き鳴らすマーティに視線を戻した。
 インターバルもそこそこに、二作目に突入。「世界線が分岐してるから~」的な、タイムトラベル系作品の妙味をドクが語っている瞬間、またメールが入った。さっきの友人から「うちの高校の奴ら、変な奴らに質問攻撃に合っててみんな鍵掛けたんだけど、お前だけ掛けてないんだな。『一人で立ち向かいます!』的な?かっこいいな!」みたいな内容だった。勘弁してくれ、こっちはね、『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』を観てるんだ。「『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』観てる」と返信して、二度目の1965年に戻って行った。
 ワクワクが醒めないまま三作目。クリント・イーストウッドって、まんまじゃねーか、とか懐かしがっていると、例の友人からまたまたメールが入った。「2ちゃんねるでAを擁護・弁護してる、メチャクチャ語り口がアツい奴がいるんだけど、もしかしてお前?かっけーな」とか何とか。いい加減にしろ、こちとら『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』観てんだよ。返信もせず、『荒野の用心棒』のオマージュシーンに視線を戻した。

 結局、その日の内にAの疑いは晴れ、弁護していたのは別の同級生だと明らかになった。

 数日後、久々にして最後に同級生と会う卒業式の朝、廊下でばったりAに出くわした。Aは「何かありがとう」と言い、鞄からおもむろに、受験で訪れた地の銘菓を一箱差し出した。僕は「いや、あのね、俺は、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』三部作を観てただけだよ、マジで」とか言うこともなく、ありがたくお菓子を頂戴した。

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