異次元世界への旅ー私の‘’村‘’体験14

14 疑問

 それまでは、「理想の‘’村‘’に入るのだ」という一種高揚した気分になっていた。‘’村‘’に入ってもしばらくはそれが続いていた。朝早く起きて作業をすることも、毎日日替わりで見知らぬ職場に行くことも、あまり苦ではなかった。
 それが急に熱が冷め、色あせて見えた。そう思ってみると、疑問に感じることが目に付くようになった。「男だから、女だから」というのもいやだった。
 自分の「もの」を手放すということには、自分の考えや感覚や自分の時間も含まれることだと気が付いた時には遅かった。1度、窮屈に感じ始めると、何もかもがいやになった。

 期待して行ったのに、実際に‘’村‘’で生活を始めてみると、つらいことが多かった。何もかも「研鑽」で決められる。自分の生活を自分で決めることができない。「研鑽」には自分も参加はしているし、意見を言うこともできる。だが、「みんなで相談して決める」と言いながら、結論ははじめから決まっていることが多かった。
 毎晩「研鑽」の時間があり、「きょう1日を振り返ってどうだったか」が問われた。みんな、建前ばかり言っているような気がした。「疲れた」とか「やる気が出ない」とかいう弱音を吐けないのはつらかった。
 そして、それよりつらいのは、「自分も賛成しても、それを実行するのは大変」ということだった。例えば、「明日は朝早く起きよう」と思う。でも、翌日の朝になると、会社に遅刻はしないが、そう早くは起きられない、というようなことはよくあることだ。自分で決めても、なかなかその通りにはいかない。
 なのに、‘’村‘’では、「自分が決めたことだから」と、すべて実行することが求められる。できないと責められる。

 責められるといっても、別に暴力をふるわれたわけではないが、精神的に追いつめられていった。上から責められるだけなら、まだいい。つらいのは、一緒にいた仲間から責められることである。それも、先に入った人から責められるのはまだしも、後から入った人から責められるのが、一番効いた。
 新しく‘’村‘’に入ってきた人たちはまだ希望に燃えているだけに、そうでない人を何とかしたい、という気持ちもあったと思う。
 ‘’村‘’の人にしても、少なくとも末端の人たちはみんな善意でやっていることが多かった。一般の人たちよりもむしろ、他人をだまして自分だけ得しようなんて気のない人たちだった。それだけに、みんなと違うことを言って、「まだわからないのか、かわいそうに」という哀れみの目で見られるのはつらかった。
 責められるならまだいい。哀れまれるのは一番つらかった。

 もちろん、生活そのものもしんどい。入って間もないせいか、労働時間自体はそう長くはなかったが、慣れない作業で気をつかうことも多く、肉体的にも精神的にも疲れていた。
 緊張しているせいか、いつも夜中に目が覚めた。トイレからの帰り道、廊下の時計を眺めては「あと○時間眠れる」と思った。朝も早いので、ぐっすり眠った気がしなかった。昼寝の時間もあったけれど、同室の人と時刻がずれていて、ゆっくりはできなかった。
 先の見通し・予定がわからないと不安になった。そのときそのときで仕事を言いつけられて、先が見えない。そうすると急に不安になる。そのときに集中していればそんなことは関係ないのだろうが、つい先読みしてしまう。
 どんな「職場」に行って、どんな人と一緒に、どんな仕事をするのかがわからなければ不安に感じて当然だと思うのだが、自分の中から湧いてくるそんな自然な気持ちを、「いけないもの、克服しなければならないこと」と感じていた。

 つらいことは多かったが、逃げようとは思わなかった。すでに逃げてきたからである。外にも居場所がない気がしていた。逃げたところで、生活できるとは思えなかった。一人で住む所や仕事を探す気力はなかった。
 それに、「せっかく‘’村‘’が新天地だと思ったのに、外でもつらいことが多いから‘’村‘’に入ったのに」と思った。

 どうしてここに来たのか。力まずに、引き寄せられてきたとはいえ、そこには何かあったはずである。「ここなら、もっと伸び伸びと、責められずに、自分を生かして、生きられる」と思って来たのではなかったのか。
 「今までのどことも、何か違う」と思って来たのではないか。
 毎日おこられてばかりいる。でも、そう言うと、「おこられる」と受け取るほうが問題だと、また詰められる。
 どこまでいっても、結局自分が悪いのだと責められる。「世の中そんな甘いもんじゃない、自分勝手で一体観に立ってない」と責められる。
 どうしてもそう思えないのに、本当のことを言うとおこられる。もっと自分を大切にして、自然に、楽に生きたいと思ってきたのに、苦しいことばかりでいやになる。

 「1度決まったことをくつがえされ、やり直すのがいやだ」という気持ちが出たことがある。「せっかくやったのに」という思いが出る。それは、今までの生活の中で、「間違ってはいけない、今さらやり直すなんて」と強要されて、身につけたものではないか、と指摘された。
 だから、「今まで、苦労して、そうしなくちゃいけない、ダメだと言われて苦しくて、つらい目にあって、やっとどうにか身につけてきたのに」と言ったら、「今までを生かしたいなら、‘’所有社会‘’でやっていればいい」と言われた。
 「そんなのはいやだ、もう戻りたくない」という強烈な思いが、自分でも驚くほどあふれてきた。だから、「向こう(外)にいても、つらくて、苦しくて、追いつめられていて、行きづまっていて、何かおかしいと思って、こっちに来たのに、こっちに来ても、苦しいことばかりで、進むことも退くこともできない」と言った。
 今まで苦しんで身につけてきたものをはぎとる。今まで苦しくて、無理をしていて、イライラしてきたのを、続けるのか。もう、やめたいのか。
 もういやだと、追いつめられたからこそ、ここに来たのではないか。参画にあたってはスーッと入ってきたけれど、「特講」前後などには、あんなに苦しんでいたではないか。「研鑽学校」の「残れますか」にしろそうだ。「もう2度と、あんな目には会いたくない、苦しみたくない」と思ったからこそ、ここに来たのではないか。「ここに来て、本来の自分を取り戻し、伸び伸びと、安定して、暮らしたい」と思ったからこそ、来たのではないか。

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