カマキリの卵

 小学校2、3年生の頃か、秋、ススキの原っぱで、カマキリの卵を採った。穂の出ているススキは背が高く、かがまなくても隠れることができた。こっちからは向こうが見えるのに、向こうからはこっちが見えない。優越感と、ちょっぴり後ろめたいような気がした。
 ススキの葉は、ギザギサしていて、よく指を切った。なめると、しょっぱくて、金気くさかった。

 そんなススキの葉に、カマキリの卵がついている。カサコソして、スポンジのようである。産みたての卵は少し色が薄いようだった。
 ただ、カマキリが卵を産む、現場を押さえたことはなかった。お腹に卵を抱え、ぼってりとしたカマキリはよく見かけたが。
 きっと、卵を採ろうとする悪ガキ(私)がいたのでは、おちおち産んでもいられなかったのだろう。
 朝早く、私がまだ寝ているうちか、学校に行っているうちか、夕方、テレビを見ながらご飯を食べてるうちかに、密かに業務を成し遂げていたらしかった。

 採って来た卵は、しばらく観察したり、いじくった後、お菓子の空き箱とかに入れてしまっておいた。
 ときには、中を割って見たこともあった。でも、どこに卵があるのか、よくわからなかった。
 そして、チョウチョのサナギを割って見たときのように、生命を冒涜した感じがして、罪悪感とスリルを感じた。残酷だからいけない、というより、本能的にやってはいけないこと、のような気がした。

 そして、冬の間は、忘れている。

 やがて、春のある日、カマキリは卵から孵り、小さな子カマキリが出てくる。
 カマキリは、生まれた時から親とほぼ同じ形をしている。羽が短くて、お腹を隠しきれないのは、愛嬌である。チョウチョやカブトムシとは違い、イモムシなどという無様な姿は見せないのだ。
 生まれたてのカマキリの子は、透き通った感じで、ネバネバした糸のようなものでゾロゾロとつながって出てくる。
 体長5mmぐらいしかないくせに、なまいきにカマを振り立てたりする。
 でも、ほうっておくと、すぐ共食いを始めてしまう。

 そろそろ見飽きて、きょうあたり学校から帰って来たら、もと居た原っぱに持って行って放そうか、と思って、学校に行く。
 授業中も、頭の中の9割方は、カマキリのことで占められ、上の空である。どこに逃がそうかな、と、幸福で、満ち足りて、やわらかな気持ちですごす。
 そして、踏切で待つのももどかしく、家に帰る。

 だが。

 家に着くと、
 「ギャ~~、こんな汚いもの、早く捨てて来なさい!!」
と怒鳴る母の声が待っている。
 私が留守のうちに、勝手に処分しないのは、どうやら恐いかららしい。決して、私がいない時に処分したら悪いと思ってのことではない。
 せっかく、幸せな気分に浸っていたのに、急激に暗転する。もう、原っぱに連れて行く気になど、とうていなれず、やけになって窓から投げ捨てる。幸い、その頃には、カマキリの大半は卵から出て散らばっているので、そう被害はない。

 そして、とりあえずカマキリが目に入らなくなって安心したのか、母はますます怒り出す。
 私は、悪いことをしたわけでもないのに、と思って納得がいかないけれど、そんなことを言うと、もっと怒られるから、黙っている。
 でも、「謝りなさい」と言われても、絶対謝る気なんかしない。
 泣きながら、にらみつけている。
 頭を無理に押さえつけられて、下げさせられる。
 屈辱感。悔しい。理不尽だ。

 ……そして、カマキリの卵を採ったススキの原っぱは、やがて、コンクリで埋められて、マンションが建ってしまった。
 もう、とりもどすことはできない。

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