GOLDEN SISTERS
ゴールデンシスターズ 第4話
工藤 「また会えるのを楽しみにしているよ」
沙羅 「また会えるでしょうか?」
工藤はにっこり微笑んで、レコードシェルフの奥から一枚のシングル盤をピックアップした。レコードジャケットにはウエストを絞った薔薇柄のワンピースを着た小柄の女性と、リーゼントヘアに長めのジャケット、マンボズボンの四人の男性がストライクなポーズを決めていた。
沙羅 「これは・・・?」
工藤 「さて、今夜は店じまいだ。また、遊びに来るといい」
店の外に出ると、すっかり雨は止んでいた。工藤は長身のからだの肩をすぼめるように歩く。工藤の後を追うように歩く沙羅。車道のクルマがときおり雨水をはね上げる。沙羅は、この日のために買った小花柄の大きな襟のワンピースの裾を気にしながら歩いた。
有楽町駅の高架下。
沙羅 「今夜は、ありがとうございました。レコードもありがとうございます」
工藤 「スミちゃんに、ヨロシク!今度は、二人で遊びに来るといい」
沙羅 「ありがとうございます」
沙羅が姿勢良く頭を下げてお礼を言うと、工藤は片手を上げてそれに応えた。工藤は、片手を上げたまま路地に消えて行った。
沙羅は、有楽町駅構内にある公衆電話器のプッシュボタンを忙しなく押す。
長く続く呼び出し音。
沙羅 「もしもし、澄子さん!?」
「沙羅、あなた、いま、東京にいるんでしょ!」電話に出たのは、沙羅の母親だった。
沙羅 「ママ!ごめんなさい、明日には帰るから。澄子さんに代わってほしいの」
沙羅の母 「それがね、澄子さん、急に休暇が欲しいって言って、今朝からいなくなっちゃたのよ」
沙羅 「ホント?」
沙羅は、すっかり拍子抜けしてしまった。澄子には、工藤やオーディションのことを真っ先に伝えたかった。
沙羅の母 「澄子さんがいないと困るわねぇ」
家事のほとんどを澄子に任せていた母親は、ため息混じりに呟いた。沙羅の育児をしていたのも澄子だった。
沙羅は電話の受話器を戻すと、プラットホームへ上がるエスカレーターに乗った。
『♪♪殻の中の小さな夢、まだ翼がない。遠い空は飛べなくて、季節だけ過ぎて行く♪♪」
沙羅は、エスカレーターの上で歌を口ずさむ。タチバナ悠生の曲で、留学先のアメリカの野外イベントでタチバナが歌った楽曲だった。沙羅は、ニューヨークのライブで日本人アーティストが歌うというので聴きに行ったことがあった。それが、タチバナ悠生だった。
沙羅はプラットホームに立つと、両手と踵を上げて大きく背伸びをした。それから、少し眠い目をこすった。高層ビルの間を縫うように通る線路の高架駅には、小さな空が窓のようにあった。
沙羅は生まれ育った海沿いの街や留学先のアメリカにはない、自由を感じた。あらゆる支配に立ち向かい、自分の思うままに生きられるプラットホームのある場所、それが沙羅にとっての東京なのかもしれない。
沙羅の背中に小さな翼が生えて、自分らしい自分の空がある星へ小さな窓から飛び立とうとしているのかもしれない。
つづく
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