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阿呆神さん 

ウタとチイばあちゃん 第1話

アタリマエダの事実として、自分の知らないことは選べません。

「こんなおいしいものがあるんや」とバニラクリームをはじめて頬張ってから、沢山さんの人生は間違いなくグレードアップした。何がグレードアップしたかというと、知識の質と量がです。イチゴのショートケーキはおいしいけれど、バニラはそれより少しオトナの味がする。

しかし、沢山のおばあちゃんは、いちご大福の方が好きです。バニラが超おいしいことは知ったけど、粒あんが良いんです。粒あんの懐かしい味に幸せを感じる。

さて、物語は、沢山さんの孫の沢山ウタのお話しです。

ある日、ウタとおばちゃんは近所のデパートに買い物に行きました。買い物と言ってもデパ地下で、スイーツを買いに行くだけ。大学受験に失敗したウタは、高校卒業後、実家でしばらくぼんやりと暮らしていた。

「おばあちゃん、何や甘いもの食べたいなぁ」と言うと、おばあちゃんは座敷の鏡台の前で髪の毛を梳かすと、「ほな行こか」と玄関の格子戸を開けてスタスタと歩いて行った。

ウタとおばあちゃんは、袋小路を抜けて街の大通りに出た。

「おばあちゃん、ウタなぁ、ダンサーになりたいねん」

「ダンサーぁ?カッコええなぁ。んやけど、ウタは勉強もできるし、学校はええんか?」

「うーん・・・」

そのまま話は途切れて、ふたりは不貞腐れた高校生みたいに黙って歩いて行った。

デパートのショーウインドウは、夏物のコレクションに模様替えされていた。新作の水着とアウターがディスプレイされている。

「紳悟くんは、どないしてんの?」

と、おばあちゃんがウタに話しかけると、ウタは「知らん」とソッポを向いた。

「おととしの水着は、もう古いなぁ」

ウタは、チュッパチャプスを舐めながらつぶやいた。

デパ地下は、平日の午後過ぎだというのに繁盛していた。ウタとおばあちゃんは、さしあたり避暑地を闊歩するかのようなマダムに混じって歩いた。

スイーツショップのショーケースには、色とりどりのスイーーーツが並んでいる。

アタリマエダノの事実として、自分の知らないことは選べません。

「おばあちゃん、どれにする?どれもおいしそうで、選べへんなぁ」

「おばあちゃん、やっぱり大福食べたいわぁ」

「そやなぁ」

と、ウタがデパ地下の店内をぐるっと見渡した。

と、その時、

『ど・れ・に・し・よ・う・か・な・か・み・さ・ま・の・い・う・と・う・り」

と、おばあちゃんは、ショーケースのスイーツをひとつひとつを指差した。と、言っても、おばあちゃんは、まんざら当てずっぽうに指差している訳でもない。

「う・か・な・み・さ」の三巡目あたりで、おばあちゃんは、「アホくさ」と言って、バニラのショートケーキを注文した。

「おばあちゃん、また、バニラなん?モンブランもおいしいでぇ」

「そやかて、ま・の・い・う・と・う・り。ほら、見てみい。バニラやて、天の神さん言うてるがな」

おばあちゃんは、バニラケーキを指差して、嬉しそうに笑った。

「おばあちゃん、それ神さんちゃうで」 

「そぅかあ?神さんが、願い事聞いてくれはったんちゃうの?」

「ウタは、ちゃうと思うで」

「さびしいなぁ」

「けどな、モンブランで指が止まってたら、おばあちゃんどうした?」

「うーん・・・困ったなぁ」

「だいじょうぶやて。神さん、きっとアホなふりしてくれると思うねん」

「ありがたやあ」

「大ばあちゃんのお供えにモンブランも買ってこか?チイばあちゃんはバニラやな」

「そうしよ」 

ウタとチイばあちゃんは、姉妹のようにルンルンしてお家に帰った。

                            つづく

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