実写『リトル・マーメイド』


『リトル・マーメイド』の興収が伸び悩んでいる。
供給元は大ヒットを強調するがここまでの興行収入や評価を総合的に見るとお世辞にも大ヒットと呼ぶには疑問が残る。
アニメーション版の知名度を考えれば『美女と野獣』や『アラジン』レベルの大ヒット作品になれるタイトルだったはずだが、なぜこうなってしまったのか。
私なりに感じたことをまとめてみた。

・主演女優問題

今作の話をする上でこの話題を避けては通れないだろう。
キャスト発表時から賛否両論巻き起こしたアリエル役のハリー・ベイリーについてである。
実際のところ人種がどうとか髪がどうとか、そういった改変に関してどうだったかはさておき私はそれ以上に気になるところがあった。
シンプルに「演技がお粗末」なのだ。
今作においてはアニメーション版以上にアリエルの歌唱シーンがあるのだが、ほぼ全てのシーンにおいてハリー・ベイリーは眉間に皺を寄せ熱唱するあまり、その歌に載せるべき本来の感情が表情に出ない。
ハリー・ベイリーは本職がR&B歌手だという。
歌番組に出演しているのであればそのような歌い方でも評価されるだろう。
しかしながらミュージカルにおいて歌とは感情や考えを表現するためのものであり、歌に集中するあまり演技を疎かにしていては意味がない。
まして映画であれば、実際の歌声は別撮りで収録されることを考えれば本来はそこまで熱唱する必要はないはずである。
にも関わらずそのような演技になったのは、邪推でしかないが彼女のシンガーとしてのプライドか何かがそうさせているのではないだろうか。
確かに歌唱力は高かったが、映画のそれも主人公であり、さらに国際的に有名なキャラクターを演じていることを忘れてないだろうか。
その他のキャラクターは皆魅力的に演じられていただけに、歌唱シーン以外の演技力の低さも含め1人だけ悪目立ちしていたように思う。

この主演女優に関連して気になった点をもう少し語っていこうと思う。
主題歌でもある『Part of Your World』のアレンジについてである。
『Part of Your World』についても賛否あったが、まず感じたのは「この人に気持ちよく歌わせるためのアレンジだな」という印象である。
もちろん私は音楽に関して専門的な知識を持ち合わせているわけではないが、全体的に主演女優のプロモーションかのような印象を受けた。
最近では『アナと雪の女王Ⅱ』において「Into the Unknown」も同じような感想を抱いたが、歌っているのが前作の大ヒットに多大なる貢献をしたイディナ・メンゼルである。
ハリー・ベイリーがリトル・マーメイドやその他ディズニー作品に対してそこまで大きな功績を残しているわけでもないのにここまで手厚く扱われる理由とは果たして、というところにも違和感を覚えた。

・作り手の姿勢

今作に関しては単なる実写化ではなく原作童話とアニメーション版をベースにした「reimagining」、つまりは再創造だという主張をちらほら目にする。
しかしながら本当に「reimagining」なのであればストーリーもイチから練り直すべきではなかったか。
例えば同じ実写作品でも『ムーラン』はストーリーからしてアニメーション版とは大きく異なり、それが賛否を呼んだ。
もちろん否定的な意見も多かったが、それこそ立派な「reimagining」ではないだろうか。
今作に関して言えば自分たちの語りたいことについて都合のいいところだけ「reimagining」しつつも興行や評価を気にしてアニメーション版を利用しただけの「逃げた作品」でしかないと感じた。
本当に語りたいメッセージがあるのなら、自分達で一から作ってこそだったと思う。

そのほか個人的に気になったのが「涙」をはじめとする演出の浅さである。
冒頭、大元の原作であるアンデルセンの『人魚姫』より「人魚は涙を流せない。だから余計に辛かった。」という言葉を引用していた。
「余計に辛かった。」という言葉を引用している以上、ここでの涙は辛い時や苦しい時に流す涙を意味するはずである。
しかしながら主役であるアリエルが涙を流すのは最後も最後、父親であるトリトン王と分かりあうことができた喜びの涙である。
製作陣はアンデルセンの童話からこのくだりを発見した時、「最後に涙を流したらエモいんじゃね?」くらいの気持ちで使ったのだろうか。
そのほかにも細かいところで、なんでそんな演出にしたのか?と疑問に思うシーンが多々あった。
これが本当に『美女と野獣』や『アラジン』といった緻密な演出を織り交ぜた実写作品を世に送り出したスタジオの作品なのだろうか。


良くも悪くも話題にはなった今作だが、興行収入の推移や総合的に見たレビューの評価を考慮する限り決して成功とは言い難いのが現実である。
実際のところ、アリエル役のイメージを大胆に変更した影響もあるだろう。
しかしながら、たとえそのような変更をしたとしても本当にいいものであれば自然と口コミで評判は広がっていくものである。
残念ながらそうならなかったということは、多くの人にとって満足のいく作品ではなかったと結論付けてもおかしなことではあるまい。
果たしてこれがアニメーション版のアリエルのイメージをそのまま映像化していたらどうだったのか。
その結果を知ることはできないが、少なからずそれだけで劇場に足を運んだ層もいるだろうことを考えると想像には難くない。
このままこの路線を突き進むのか、観客が思わず振り向くような作品を作れるか、ディズニーが作る実写作品は大きな岐路に立たされている。

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