「田舎の牢獄」とはいったい?

都会で生まれ育った人には分からない、「田舎の牢獄」については私以外にもいろいろな人が書いたものがあるので参考までにリンク張っておきます。

「子供の頃、陰キャでキレ易く頭の良さの片鱗を見せつつ興味が偏ってて、地方の公立小で常にいじめられてた東大卒の友人」というのはまるで昔の私のようじゃないですか(笑)。

「陰キャ」・・・だったつもりはないですが、とはいえ、ずっといじめられていたら「明るく」はなりようがない。とにかく他人を警戒し、おどおどするようになるので「陰キャ」化するのは当たり前。

「頭の良さの片鱗」・・・塾には行っていませんし○○会のような通信教育系もやらず、親兄弟を含めて誰からも勉強を教えてもらったことはありません。学校の授業もほぼ聞いていなかったぐらいで、自分では勉強している意識もなかったのですが、小中学校を通じて学校の成績はダントツ、高校でもだいたいトップ5以内でした。同級生の中には明らかに私よりも真面目に勉強している子がいて、にもかかわらず家で好きな本を読んでいるだけの自分のほうがずっと高得点を取っていることを申し訳なく思うこともありました。

「常にいじめられてた」・・・あれは小4のときだったか、学期始めに教科書が配られたとき、それをざっと読んで「簡単だね!」と、思った通りのことを口にしたら、周囲から強烈に反発されたことがあります。勉強が出来ることを鼻に掛けているとでも思われたのでしょう。小学校時代は帰ろうとしたら靴に雪を詰められていたことが何度もあります。なにかにつけて暗いとかクサイとかのろいとか馬鹿にされ、中学では体育の時間にどこからともなくボールをぶつけられて、見ると数人がこっちを見てニヤニヤ笑ってる、そんなことはよくありました。

あまりにも昔のことで、他はいちいち覚えていませんが、小中学校を通してそんなことばかりだったので、ずっと学校に行きたくないと思っていました。しかし「思っていた」だけで、言ったことはありません。それを誰かに言って何かが変わるとも思わなかったからです。

母親が早くに死んでいたため片親家庭で家には父親と姉がいましたが、どちらにもそんな本音を話したことはありません。何度か登校拒否をしたことがありますが、父親に怒られて無理矢理学校に行かされただけでした。

結局、「学校」も「家庭」も私には安心できる場所ではありませんでした。常に誰かにいじめられ、怒られることを恐れていなければならない場所、それが私にとっての学校であり家庭だったわけです。

ただ、こういうケースは都会でもあります。では、学校・家庭以外の場所はなかったのか?

というと、田舎にはそれが存在しないんですよ。私が「田舎の牢獄」と呼ぶのはそれが理由です。

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