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Seoul ADEXの開催

梅田 皓士(拓殖大学 海外事情研究所助教) 

 2023年10月17日から22日にSeoul ADEXが開催された。Seoul ADEXの正式名称は「ソウル国際航空宇宙および防衛産業展示会」(Seoul International Aerospace & Defense Exhibition)であり、開催期間中には、約550社が参加し、航空関連の防衛装備品の他、韓国空軍の曲芸飛行チームである「ブラックイーグルス」によるデモ飛行をはじめとするエアーショーなども開催される。そのため、日にちごとにビジネス・ディとパブリック・ディに分けられており、防衛産業関係社以外にも、一般の来場者もおり、日本の旅行会社の中には、Seoul ADEXのパッケージ商品を販売している企業もある。
 今回のSeoul ADEXにおける見所の一つとしては、韓国はじめての国産戦闘機であるKF-21が展示され、また、デモ飛行を行った事が挙げられる。KF-21は韓国航空宇宙産業(KAI)が開発、製造したものであり、これまで米国からの輸入に頼っていたものを国産化した一つの事例と言える。韓国は、これまでも、長距離地対空ミサイル、戦車、自走砲なども国産化しており、これまで、軍需産業の輸出額も拡大させてきた。なお、韓国は、KF-21の後継機の研究にも着手しているとされており、この分野では、世界の中でも進んでいる国の一つと言える。
 韓国の防衛産業がこれだけ拡大してきた背景は、以前、拙稿「韓国防衛産業の今」に記したため、そちらに譲り、本稿では再度の解説は避けるが、今後も韓国の防衛産業の拡大や輸出増加に向けた官民挙げての動きが加速することは間違いなさそうである。
 他方で、このように、韓国が軍事装備品の国産化や輸出を拡大させる中、日本の状況に目を向けると、日本の遅れは否めないのが現状である。周知の通り、日本は、防衛装備品の輸出に関して、「武器輸出三原則」に基づき、慎重な対応をしてきた。なお、「武器輸出三原則」は二つものから成り立っており、一つ目は、1967年の佐藤栄作総理の国会答弁であり、内容は以下の通りである。
①    共産圏諸国向けの場合
②    国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向けの場合
③    国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの場合
に該当する場合、武器輸出を認めないとする。
そして、二つ目は、佐藤栄作総理の国会答弁に基づく。1976年の三木武夫内閣の武器輸出に関する政府統一見解であり、内容は以下の通りである。
① 三原則対象地域については「武器」の輸出を認めない
② 三原則対象地域以外の地域については、憲法及び外国為替及び外国貿易管理法の精神にのっとり、「武器」の輸出を慎むものとする
③ 武器製造関連設備の輸出については、「武器」に準じて取り扱うものとする
との内容であり、これまで、日本政府はこの方針の下に対応してきた。
この「武器輸出三原則」を大きく転換したのが、2014年に策定された「防衛装備移転三原則」である。「防衛装備移転三原則」は2013年に閣議決定した「国家安全保障戦略について」に基づき、策定された方針であるが、「防衛装備移転三原則」では、防衛装備品の輸出を禁止する場合を
① 当該移転が我が国の締結した条約その他の国際約束に基づく義務に違反する場合
② 当該移転が国際連合安全保障理事会の決議に基づく義務に違反する場合
③ 紛争当事国への移転となる場合
とした。その上で、
① 平和貢献・国際協力の積極的な推進に資する場合
② 同盟国たる米国を始め我が国との間で安全保障面での協力関係がある諸国との国際共同開発・生産の実施の場合
③ 同盟国等との安全保障・防衛分野における協力の強化並びに装備品の維持を含む自衛隊の活動及び邦人の安全確保の観点から我が国の安全保障に資する場合等
に該当する場合は、審査、情報公開の上で防衛装備品の輸出を認めるとした。この「防衛装備移転三原則」は、事実上、日本の海外への防衛装備品の輸出の道を開いたと言えるものである。他方で、殺傷能力のある完成品の武器の輸出については、事実上の制限が続いている。
 日本の防衛装備品の輸出の事実上の解禁については、日本国内の防衛産業の育成の他にも関連している。日本の防衛産業は、これまで防衛省、自衛隊のみが顧客であるために受容が限定され、小ロットとなっていた。さらに、防衛装備品の多品種もあり、この多品種小ロットがコストの割高さや防衛産業の成長の行き詰まりの要因の一つとされてきた。「防衛装備移転三原則」によって、防衛装備品の輸出の可能性が生まれたことで、防衛産業にとてっては、足かせの一つが外されたと言える。
 また、この流れは、日本の次期戦闘機とも関連する。日本は現在、2035年度までにF-2戦闘機の後継機の完成を目指している。この次期戦闘機について、日本は、これまでとは異なり、イギリス、イタリアとの共同開発を進めている。共同開発のために、すでに、日英伊の三国で共同開発を管理する国際機関を設立するための条約に署名をしている。共同開発によって、性能の向上の他、価格の引き下げにもつながることが期待されている。
 次期戦闘機に必要な部品等については、大きな問題は指摘されていない。しかしながら、指摘するまでもなく戦闘機は殺傷能力のある完成品である。完成品の輸出については、日本の現在の制度では問題が生じる。当然のことながら、完成品の輸出につながれば、母数が増えるために一つの価格が引き下がるため、日本にもメリットがある。
 この点については、本稿執筆中に政府・与党は「防衛装備移転三原則」の運用指針を改正し、閣議決定する方針を示し、次期戦闘機の輸出の道筋を作った。政府・与党は、運用指針を閣議決定することに加えて、輸出承認にについて個別案件ごとに閣議決定することで、輸出プロセスを厳格化できるとしており、この方針によって進むものとみられる。
 冒頭、韓国の防衛産業の成長、輸出増加について触れたものの、日本が韓国ほど防衛装備品の輸出が拡大する可能性は小さい。しかしながら、日本の防衛産業の維持、成長のために、日本は今後、政治の決定と国民のコンセンサスが得られる範囲において、防衛装備品の輸出について前向きに検討していく必要があるのではないだろうか。