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日本原価計算基準史②商工省「製造原価計算準則」(確定稿)

1 製造原価計算準則

 1934年(昭和9年)に「財務諸表準則」が公表されました。「財務諸表準則」の「序」には,当準則の確定と雛形を得るまでに「満4年会議を開くこと前後162回に及びたり。(尤もこの間固定資産減価償却,資産評価及原価計算の諸問題をも併せ審議せり。)」とあります。因みに、1936年(昭和11年)に商工省臨時産業合理局は解散し、財務管理委員会は商工省に吸収されました(黒澤1990、273頁)。なお、商工省財務管理委員会が名実共に消滅したのは、1945年(昭和20年)頃のことだといいます(黒澤1980、xxv頁)。

 1937年(昭和12年)に「原価計算基本準則」の確定稿として「製造原価計算準則」が公表されました。「製造原価計算準則」の作成に当たっては,ドイツ経済性本部(Reichskuratorium fur Wirtschaftslichkeit)の「原価計算基礎案」("Grundplan der Selbstkostenrechnung";Meier, Albert/Voss, Heinrich, 1930)が参照されました(黒澤1990,273頁)。そして,「原価計算基礎案」の翻訳(抜粋)が「製造原価計算準則」の付録(2)として添付されました。

 因みに、当基礎案の構成は以下の通りです(東京商工会議所訳1933より)。

緒 言
A 原価計算の概念と対象
B 原価計算の目的
C 費用
 Ⅰ費用の概念
 Ⅱ費用材の評価
 Ⅲ費用種別
D 原価計算の種類
 Ⅰ分類標準-計算時点
 Ⅱ分類標準-給付単位の原価計算方法
  1総合原価計算
  2個別原価計算
   (a)直接費の決定
   (b)給付単位宛の間接費決定
 Ⅲ分類基準-費用区域の分割
  1総括原価計算
  2部門原価計算
   (a)費用区域分割の諸理由
   (b)費用区域の分割
   (c)部門原価計算の手続 
   (d)部門原価計算の原価計算雛型
 Ⅳ分類標準  
  1全体原価計算
  2部分原価計算 

 未定稿が「原価計算基本準則」であったのに対して,確定稿は「製造原価計算準則」として,製造原価の計算のみを扱っています。このことについては,以下のような事情によるものでした。

「次に販売費や一般管理費の計算となると更に研究すべきところが多々あるので,未定稿にはこれを掲げたが,確定稿ではひと先ず製造原価の計算で打ち切ることにし,表題も製造原価計算原則(ママ)としたのであった。」(太田1968,135頁) 

 当準則の構成は以下の通りです。

第1 総論
第2 原価要素
第3 物品費
第4 労務費
第5 経費
第6 総合原価計算   
第7 個別原価計算     
第8 部門費計算
第9 標準原価計算
第10 原価計算と工業会計との関係  

 「製造原価計算準則」では,原価計算の目的として,次の3つが挙げられました。

(イ) 原価要素の消費量及価格を管理統制すること
(ロ) 製品の売価決定の基礎たらしむこと
(ハ) 会計の補助手段として損益計算を明瞭正確ならしむこと 

 「原価計算基本準則」(未定稿)では,原価計算の目的が明確に規定されていなかったのに対し,確定稿では独立した項目の下に規定され,また「損益計算の明瞭正確化」という目的が明示されました。

 「原価計算基本準則」では,前述のように、個別原価計算の説明が中心で,総合原価計算の説明は不十分でしたが,「製造原価計算準則」では,「第6」に以下の項目の規定がありました。

26、総合原価計算概念
27、総合原価計算の種別
 (イ) 単純総合計算
 (ロ) 等級別総合計算
 (ハ) 組別総合計算
 (ニ) 工程別総合計算
28、単純総合計算 
29、等級別総合計算 
30、工程別総合計算
31、組別総合計算
32、副産物
33、連産品原価計算 

 原価要素については,まず,「種別による分類」として次の3つが挙げられました。
 (イ) 物品費 (ロ) 労務費 (ハ) 経費

 原価要素については,「物品費」,「労働費」,「費用」の3つが挙げられています。すなわち、ドイツ流の原価種類(Kostenarten)ではなく、英米流の原価要素(cost elements)が採用されました。「労働費」と「費用」は,それぞれ「製造原価計算準則」では,「労務費」と「経費」という今日と共通の用語に変えられていますが,「物品費」だけは,「製造原価計算準則」でもそのままでした。この「物品費」という用語の採用については,当時も次のような批判がありました。

「抑々物品は管理上の概念であって,計管上の概念としては不適当であると思う。物品管理又は物品会計上の物品なる概念は,原料,部分品半製品等を含む共に工具,什器等をも包括する。而して消耗品,薬品等は上記の物品とは管理上の性質を異にするが故に,物品の観念から除去せられるのを常とする。本準則に於ける『物品』なる概念の用法は,全く従来の原価計算文献及び物品会計上の用語例と合致せず,実益に乏しいように思われるのである。」(黒澤1938(其の二),114-115頁) 

 続いて,「原価賦課手続上の分類」として次の2つが挙げられました。
  (イ) 直接費 (ロ) 間接費       

 そして,「操業度との関連による分類」として次の2つが挙げられました。
  (イ) 固定費 (ロ) 変動費  

 「標準原価計算」については,「原価計算基本準則」(未定稿)では,簡単な説明がなされているに過ぎませんでしたが,「製造原価計算準則」では,「第1 総論」で簡単な定義を行うと共に,「第9」に、独立して以下の項目の規定がありました。

48、標準原価計算の概念
49、標準原価の計算法
50、格差分析
51、部分的標準率 

 最後の「第10」では,「原価計算と工業会計との関連」というタイトルが掲げられていますが,これは「原価計算基本準則」(未定稿)には全くありませんでした。当タイトルの下に以下の項目の規定がありました。

52、工業会計の勘定体系
53、原価計算と各勘定との関連
54、工場会計の独立
55、月次損益計算 

2 製造原価計算準則のその後

 戦後,黒澤清は,「陸軍軍需品工場事業場原価計算要綱」(1939年)や「海軍軍需品工場事業場原価計算準則」(1940年)も,元を洗えば,商工省「製造原価計算準則」の模倣の産物であると述べています(黒澤1990,416頁)。「製造原価計算準則」と「陸軍軍需品工場事業場原価計算要綱」との比較は、「日本原価計算基準史③」で行う予定です。陸海軍の原価計算に関する要綱または準則を廃止し、原価計算に関する統一的基準として設定された「製造工業原価計算要綱」(1942年)にも「製造原価計算準則」は影響を及ぼしましたし、当要綱は、戦後占領期にも、ほぼそのまま生き残ることになります。詳しくは、「日本原価計算基準史④、⑦」で取り上げる予定です。

 さらに、「製造原価計算準則」は、戦後の「原価計算基準」(1963年)にも影響を与えています。例えば、製造部門の説明例は、以下に掲げるように「原価計算基準」にも、ほぼそのまま引き継がれています。

「製造原価計算準則」(1937年)

「製造部門 直接製造作業の行わるる部門にして、其の成果は製品又は中間製品となるものとす。例えば機械製作工業に於ける鋳物、機械仕上、組立等の各部門の如し。」(第8 部門費計算、41、部門の意義) 

「原価計算基準」(1963年)

「製造部門 製造部門とは、直接製造作業の行われる部門をいい、製品の種類別、製品生成の段階、製造活動の種類別等にしたがって、これを各種の部門又は工程に分ける。たとえば機械製作工場における鋳造、鍛造、機械加工、組立等の各部門はその例である。」(第3節 原価の部門別計算、16原価部門の設定)

文献

太田哲三 1968『近代会計側面誌-会計学の六十年-』中央経済社。
黒澤清1938「製造原価計算準則解説(其の二)『會計』第43巻第5号。
---1980「中西寅雄と日本の原価計算」(中西寅雄1980『中西寅雄 経営経 
 済学論文選集』千倉書房所収)。
---1990『日本会計制度発達史』財経詳報社。
東京商工会議所訳1933『原価計算の基礎案』(産業合理化資料第44号)東京商
 工会議所。
Meier, Albert/Voss, Heinrich 1930, Grundplan der Selbstkostenrechnung : 
 Entwurf, 3., Ausschuß für wirtschaftliche Verwaltung, Dortmund(土岐政蔵訳 
 1935『原価計算と価格政策の原理』東洋出版社).

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