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日本原価計算基準史③陸軍軍需品工場事業場原価計算要綱

 陸軍軍需品工場事業場原価計算要綱


 1939年10月に「国家総動員法」第19条および第31条に基づいて勅令第707号による「軍需品工業事業場検査令」が制定されました。そして,陸軍省令として発せられた「軍需品工場事業場検査令施行規則」の別冊として作成されたのが,「陸軍軍需品工場事業場原価計算要綱」(以下では陸軍「原価計算要綱」と略称)です。陸軍「原価計算要綱」は,陸軍が,民間企業から軍需品を調達する際,その調弁価格(納入価格)の算定の基礎を明らかにするものでした。因みに、軍需品工場事業場というのは、以下のものをいいます。また、「事業場」とは、鉱石採掘場のような屋外作業場をいいます。

①   「軍需品工場事業場管理令」による生産命令又は契約に基づき、軍需品又はその原料材料の製造、加工、又はその修理を行う工場事業場
②   「軍需品工場事業場管理令」による生産命令又は契約に基づかず、前記の工場事業場に供給する原料材料の生産又はその修理を行う工場事業場(例えば製鉄会社)
③   前記①及び②の工場事業場の下請工場事業場 

 陸軍「原価計算要綱」の構成は以下の通りでした。

第1章 総則
第2章 原価ノ構成
 第1節 製造原価ノ要素
  第1款 材料費
  第2款 労働費
  第3款 経費
 第2節 一般管理及販売費ノ要素
 第3節 原価ニ算入シ得ザル項目
第3章 原価計算ノ方法
 第1節 個別原価計算ノ方法
  第1款 製造原価ノ計算
  第2款 一般管理及販売費ノ計算
 第2節 総合原価計算ノ方法
第4章 工業会計ノ勘定及帳簿組織
 第1節 勘定組織
 第2節 帳簿組織 

 当時の原価計算は、(a)原価比較による経済性の管理目的(間接的経理統制)と(b)公定価格決定目的(直接的経理統制)とに分けて整理されていました。陸軍「原価計算要綱」は,軍需品の調達価格の決定の基礎という、上掲(b)の達成を目指したものであり,したがって,原価計算の目的に関しては何らの規定も設けられていませんでした。その点で,商工省「製造原価準則」(以下では商工省「準則」と略称)とは全く性格を異にしていました(黒澤1990,416頁)。陸軍「原価計算要綱」の「第一章 総則」では,以下のように規定していました。

「本要綱は軍需品工場事業場検査令施行規則第一条に依り軍需品工場事業場検査令第三条に定むる工場事業場其の他の場所に於いて施行すべき軍需品に関する原価計算に付き定む」 

 陸軍「原価計算要綱」の第2条では,次のように規定していました。

「本要綱は主として事後原価計算に付いて定むるも其の方法は見積原価計算に付いても之を準用す」

 上掲のように陸軍「原価計算要綱」は主として事後原価計算についての規定となっており,事後計算ばかりでなく事前計算その他にも適用可能な商工省「準則」の弾力的な規定とは異なっていました。

 第3条では,原価計算の期間を原則として1ヶ月とすることを規定していましたが,この点は商工省「準則」と同じでした。 

 陸軍「原価計算要綱」の第4条では,次のように規定していました。

「本要綱に定むる原価の計算は実際に発生したる全部の原価を計算するを原則とす。但し必要ある場合には見積原価計算の方法を参酌す」 

 この点でも,実際原価計算,全部原価計算の他,標準原価計算,部分原価計算も選択可能な原価計算の種類として認めていた商工省「準則」の弾力的な規定とは異なっていました。

 第5条では原価の評価に関して次のように定めていました。

「原価の評価は原則として実際の取引価格を以てす。但し必要ある場合には予定価格其の他の計算価格を以て評価の基準と為すことを得」(第5条) 

 商工省「準則」が,実際の取得原価を原則としながらも,場合により市場価格,予定価格等を認めていたのと異なっていました。

陸軍「原価計算要綱」では,原価を「製造原価」,「販売費」,「一般管理費」に区分していた。これは,商工省「準則」が製造原価の計算のみを対象としていたのに対して,総原価の計算を目的としていることによるものでした。陸軍「原価計算要綱」が原価計算の目的を価格決定の基礎に置いていることの当然の結果でした。

 「第1節 製造原価の要素」では,「材料費」,「労働費」,「経費」を挙げている。商工省「準則」では,「物品費」とされていたものが「材料費」という,今日と共通の用語に変わっていますが,他方,「労務費」については「労働費」という商工省「準則」の未定稿「原価計算基本準則」と同じ名称になっており,今日の用語とは異なっています。

 「第1款」第8条以下に材料費について商工省「準則」より詳細な規定がありました。そこでは,材料費は,「主要材料費」,「買入部品費」,「補助材料費」,「消耗工具器具費」,「工場事務用消耗品費」の5種類に分類されており,戦後の「原価計算基準」にも影響を及ぼしました(黒澤1990,375頁)。

 材料の消費量算定について,商工省「準則」では,記録計算法(今日の継続記録法),棚卸計算法,逆計算法のうちのいずれかと規定されていましたが,陸軍「原価計算要綱」では,原則として継続記録法が指定されました(第9条)。

 材料の消費価格について,商工省「準則」では,買入口別原価(今日の先入先出法),平均原価等という例示に過ぎませんでしたが,陸軍「原価計算要綱」では,買入順法(今日の先入先出法)または移動平均価格法が指定されていました(第10条)。

 「第2款」の第11条以下には労働費についての規定がありましたが,その分類は戦後の「原価計算基準」に影響を及ぼしませんでした。それは,労務費に関する計算が,財務会計上の支払給与会計の問題と複雑な関連を持つので,この点,商工省「準則」や 陸軍「原価計算要綱」はまだ十分に適合的なル-ルを示すまでに至らなかったことによるとされています(黒澤1990,376頁)。

 賃金価格の算定については,陸軍「原価計算要綱」では,時間払賃金制度の場合は平均賃率に依り,出来高払賃金制度にあっては実際の出来高賃率に依ることを定めていました(第12条)。

「第3款」の第14条以下には経費についての規定がありましたが,商工省「準則」が経費計算の原則に重点を置いて経費の種別について比較的簡単に記述していた点を別とすれば,両者に大きな差異はありませんでした(黒澤1990,378頁)。

 「第3款 経費,第16条」においては減価償却費について詳細な規定を行っていました。商工省の諸準則において,減価償却の規定は「財産評価準則」に含まれていました。商工省「財産評価準則」の減価償却の定義と比較すると,以下に掲げるように多少の文言の違いはありますが,内容的には踏襲されていました。

「本準則に於ける減価償却とは,固定資産に付き其の耐用命数と残存価格とを測定し,予め定むる方式に依り計算せる減価額を営業成績の如何に拘わらず毎期継続的に当該資産の原価より減額し,之を損費に計上することを謂う」(商工省「財産評価準則」第2 減価償却) 

「減価償却とは,経常の減価償却を意味し,固定資産の原価,耐用命数及び残存価格を測定し当該固定資産の原価を毎期継続的に減額し以て投下資本の回数を為すことを謂う

 減価償却は営業成績の如何に拘わらず予め定むる所の計算方式に依りて行うべきものとす」(陸軍「原価計算要綱」第16条,1) 

 この定義に続いて,陸軍「原価計算要綱」では,減価償却をなすべき資産の種類を以下のように掲げていました(第16条,2)。

イ 建物,建物附属設備
ロ 構築物
ハ 機械及び装置
ニ 運搬設備及び運搬具
ホ 工具,型
ヘ 備品
ト 特許権,実用新案権,意匠権
チ 鉱業権,砂鉱権,水利権
リ 試験研究費,試作費 

 これらの項目の内,有形固定資産については,それぞれ例示を挙げ,そして,次の項で取得原価について,かなり詳細な規定を設けていました(第16条,3)。また,残存価格については,残骸資産取除費を残存価格から差し引くべきことにまで言及していました(第16条,4)。これらの規定は,商工省「財産評価準則」には見られませんが,これは陸軍「原価計算要綱」が強制適用を求められたことにより,その適用に不可欠だったためでしょう。

 減価償却方法については,原則として「定額法」によることとされていますが,「陸軍軍需品工場事業場原価計算要綱運用方針」(陸支密第268号)の7では,当分の間定率法(逓減法)に依ることができ,工具,型,備品は計算の便宜上取替法に依ることができるとしていました。

 また,鉱山等,量的減価を生じる資産とその付属設備については,「生産高比例法」によるとされていました(第16条,6)。そして,不慮の災害等による減価に対する償却については,損失として処理し原価に算入してはならないとしていました(第16条,8)。 

 第27条では,「原価に算入できない項目」として次の10項目を挙げていました。

① 偶発的事故による損失
② 利益金処分及び之に類似の費用
③ 投資資産に関する費用及び損失
④ 拡張用資産に関する費用
⑤ 繰延費用
⑥ 消耗工具及び消耗品在高
⑦ 貸倒損失及び貸倒危険
⑧ 廃残設備売却損及び延滞償金
⑨ 軍需品の製造及び販売に関連なき費用
⑩ 利子 

 最後に「利子」が挙げられているのは,陸軍「原価計算要綱」が軍需品の納入価格決定を目的とする以上当然であり,「利子」は第2節で論ずる「陸軍利潤率算定要領」によって原価に付加される利潤の構成要素とされていました。非原価項目については商工省「準則」も簡単に触れていましたが,陸軍「原価計算要綱」はより厳密に規定していました。

 第35条では,事業は間接費の計算に当たり原則として原価部門を設定するものとすると規定していました。そして,原価部門について以下のように説明していました。

「原価部門とは製品の原価を正確に計算し,経営能率を増進せんが為に工場に於いて設定せらるる計算上の区分を謂う。生産技術上の,又は空間的の経営部門は同時に原価部門たるを通常とするも,原価部門は計算組織上の区分なるを以て,必ずしも生産技術上又は空間的部門と一致するを要せず。生産技術上の部門は原価計算上更に細分さるることあり。又空間的に部門を形成せざる経営活動が原価計算上独立の部門を形成することあるべし。例えば運搬部門の如し」 

 第36条では,原価部門について概ね以下のように区分すると定めていました。商工省「準則」に比べて多少詳細となっていますが,内容的には変わりませんでした。

1 製造部門
 製造部門又は主要経営とは直接に製造作業を行わるる部門を謂う。事業は製造作業の種別に従い各種の製造部門を設定するものとす。例えば機械製作工業に於ける鍛工部,板金部,機械部,仕上部,組立部等の如し

2 補助部門
 補助部門とは製造部門に対して補助的関係にある部門にして之を補助経営と工場管理部門に分つ。

 (イ) 補助経営
  補助経営とは直接に製品の製造に関与せず自己の製品又は生産的用益を 
 製造部門に 提供し以て製品の製造に対して間接に参与する部門を謂い,  
 概ね左の部門に分つ

 1 動力部
 2 修繕部
 3 運搬部
 4 検査部
 5 工具製作部

 (ロ) 工場管理部門
  工場管理部門とは工場の管理に関する部門を謂い,之を概ね左の部門に
 分つ
 1 材料部
 2 労務部
 3 福利施設部
 4 企画設計部
 5 試験研究部
 6 工場事務部 

 原価計算実施について,仕掛品の評価が重要となるが,53条には以下の規定がありました。

「…仕掛品の仕上り程度の完成品に対する比率は其の算定困難なる場合には原則として50%とす。仕掛品の数量が毎期略々等しき場合には之を計算外に置くことを得」(第53条) 

 商工省「準則」では仕掛品の評価問題についてはほとんど取り上げられていませんでしたが,陸軍「原価計算要綱」は,この問題を特に重視していました。これは,陸軍「原価計算要綱」が完成するまでの期間において多くの工場事業場で,原価計算の実験を試みた結果見出された問題であり,日本の原価計算制度の進歩のワンステップとなったとされています(黒澤1990,394頁)。 

 「第1節 勘定組織」では,勘定は原則として次のような勘定群に大別するとしていました(第68条)。

1 静止勘定
 静止勘定とは原則として営業年度計算にのみ関する勘定にして,営業年度 中は特別の場合以外記帳されざるものを謂う(例示省略)
2 財政勘定
 財政勘定とは貨幣取引及び短期信用取引に関する勘定を謂う。(例示省略)3 経営外損益要素勘定
 経営外損益要素勘定とは製品の製造及び販売に関連せざる損失又は収益として原価計算及び月次損益計算上原価又は損益に計上すべからざる項目に 関する勘定を謂う(例示省略)
4 製造原価要素勘定
 製造原価要素勘定とは製造原価要素の会計処理に関する勘定を謂う
5 部門費勘定
 部門費勘定とは部門費を集計する勘定を謂う
6 製造勘定
 製造勘定又は仕掛品勘定とは製造原価を集計する勘定を謂う
7 一般管理費要素勘定及一般管理費勘定
 一般管理費要素勘定とは一般管理費要素の会計処理に関する勘定を謂い, 一般管理費勘定は之を集計する勘定を謂う
8 半製品,製品,仕損品,副産品,作業屑の勘定
 半製品,製品,仕損品等の会計処理に関する勘定を謂う
9 販売費要素勘定及販売間接費勘定
 販売費要素勘定とは販売費要素の会計処理に関する勘定を謂い,販売間接 費勘定とは販売間接費要素を集計する勘定を謂う
10 売上品総原価勘定
 売上品総原価勘定とは売上半製品,売上製品の総原価を集計する勘定を謂う
11 間接費差額勘定
 間接費差額勘定とは個別原価計算に於いて間接費を予定率に依りて配布する場合間接費の実際発生額と予定率配賦額との差額を処理する為に設定する調整勘定を謂う
12 売上勘定
 売上勘定とは製品,半製品,仕損品,副産物等の売上に関する勘定を謂う
13 月次損益勘定
 月次損益勘定とは事業本来の目的たる製品,半製品等の売上に因る経営損益を月次に計算する勘定を謂う
14 年次損益勘定
 年次損益勘定とは事業全体の損益を年次に計算する勘定を謂う 

 第69条~第80条では,各勘定について詳細な説明が行われ,第81条では,「工場事業場の事業主は本節に定むる勘定組織に関する規定の適用に付業種,経営規模其の他の事情に応じ関係官庁の長の許可を受けて必要なる補正を加うることを得」としています。

 「第2節 帳簿組織」では,帳簿書類は概ね次のように大別するとしています(第82条)。
1 製造命令に関する書類
2 材料費に関する帳簿書類
3 労働費に関する帳簿書類
4 経費に関する帳簿書類
5 補助部門費の部門配賦に関する帳簿書類
6 製造原価の集計に関する帳簿書類
7 一般管理費要素及その集計に関する帳簿書類
8 半製品,製品,仕損品,副産品,作業屑に関する帳簿書類
9 販売費及総原価に関する帳簿書類
10 売上に関する帳簿書類 

 そして,第83条~第98条では,各帳簿書類について詳細な説明が行われていました。更に第99条では,以下の帳簿書類の保存期間についての定めがありました。

 本節に定むる帳簿書類は原則として左の期間保存することを要す
  1 伝票       3年
  2 其の他の帳簿書類 10年 

 「第100条」では,「関係官庁の長は本節に定むる帳簿組織の様式に付き必要なる指定を為すことを得」としています。これは,「陸軍軍需品工場事業場原価監査要綱」の附属様式につながったと考えられます。 

 商工省「準則」に規定された勘定組織は原価計算に関する勘定のみから構成されていましたが,陸軍「原価計算要綱」では,貸借対照表及び損益計算書に関連する勘定まで網羅されています。「第4章 工業会計の勘定及び帳簿組織」については,商工省「準則」と比べては勿論,後の企画院「製造工業原価計算要綱草案」よりも遙かに詳細な規定が行われています。これは,ドイツのコンテンラ-メン(Kontenrahmen)の勘定体系を導入しようと試みられたものであるとの指摘があります(黒澤1990,403頁)。ドイツでは,まず「簿記組織準則」の強制によって業種別の標準勘定の整備がなされ,その後「原価計算総則」(AGK)が公布されるというように,一つの基礎が確立してから次の経理統制へと進んでいましたが,日本の場合は原価の計算も簿記の統一も同時に命じるということになりました。 

文献

黒澤清1990『日本会計制度発達史』財経詳報社。

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