見出し画像

日本原価計算基準史④企画院原価計算要綱

1 「陸軍軍需品工場事業場原価計算要綱」と「海軍軍需品工場事業場検査例施行規則」

 1939年に「軍需品工場事業場検査令」(以下では「1939年検査令」と略称)が発せられ,1940年7月から適用されました。「1939年検査令」の第4条に,陸軍大臣又は海軍大臣は工場事業場の事業主に対し,軍需品の原価に関する計算をなさしめることができる旨の規定がありました。この規定によって陸軍は1939年10月19日に,「軍需品工場事業場検査令施行規則」(陸軍省令)を発布しました。この「軍需品工場事業場検査令施行規則」の別冊として作成されたのが,「陸軍軍需品工場事業場原価計算要綱」(以下では陸軍「要綱」と略称)でした。

 そして翌年,海軍が「海軍軍需品工場事業場検査令施行規則」(海軍省令)を発布し,海軍購買名簿に登録された工場または事業場の事業主は,「海軍軍需品工場事業場原価計算準則」(以下では海軍「準則」と略称)に従って軍需品の原価計算を行うことが命ぜられました。その結果,以下のような問題が生じました。

「陸軍の監督官は陸軍要綱に従ってこれを作らせるし,海軍の監査官は海軍準則によることを主張する。それで両方に関係を持った或る工場では,二つの実施手続を作って,監督官,監査官のそれぞれへ別なものを見せたとのことであった。」(太田1968,158頁)

 陸軍「要綱」と海軍「準則」との設定とその強制は,両当局者のセクショナリズムの現れであり,受注者たる民間企業は,二つの異なる原価計算を同時並行的に実施することを余儀なくされるという不都合な事態に直面していました。そうした中,財務管理委員会の作成した「製造工業原価計算準則」を改正して,新しい原価計算に関する統一的基準を設定し,陸海軍の原価計算に関する要綱または準則を廃止すべきであるという「中西構想」が提示され,それについて関係者の同意が成立しました。

 この同意のもとに,「中西構想」が次のように展開されました(黒澤1980,p. xvii- xviii)。
① 企画院に原価計算ならびに財務諸表統一協議会を設置し,「製造工業原価計算要綱」ならびに「製造工業財務諸表準則」を設定すること
② 企画院「製造工業原価計算要綱」の作成によって,陸海軍の原価計算に関する要綱または準則を廃止し,財務管理委員会の「製造工業原価計算準則」はこれに吸収すること
③ 企画院「製造工業財務諸表準則」の作成によって,財務管理委員会「財務諸表準則」はこれに吸収すること
④ 企画院「製造工業原価計算要綱」を全産業に対して実施するための法的基礎として,閣令をもって「原価計算規則」を制定すること
⑤ 「原価計算規則」および「製造工業原価計算要綱」に準拠して,すべての主要産業について,業種別原価計算準則を作成すること
⑥ 業種別原価計算準則に準拠して,すべての鉱工業会社は,自主的に会社別原価計算手続を作成し,これに基づいて原価計算を実施すべきこと

 上記の「中西構想」に基づいて,旧財務管理委員会委員の全員(吉田良三,太田哲三,長谷川安兵衛,黒澤清その他の各委員)は,企画院統一協議会に参加し,中西寅雄,鍋島達等と協力関係に入りました(黒澤1980,p. xviiーp. xviii)。そして1941年8月に企画院「製造工業原価計算要綱草案」(以下では企画院「要綱草案」と略称)が公表されました。

 企画院「要綱草案」の序文には次のように記されていました。
「原価計算は之を一般企業にも実施する必要あるのみならず,各種法令に基づく原価計算の方式を,各官庁官に於いて統一実施するの要大なるものあるに鑑み…」

2 企画院「製造工業原価計算要綱草案」

 企画院「要綱草案」の構成は以下の通りでした。

第1章 総則
第2章 原価要素
 第1節 製造原価ノ要素
  第1款 材料費
  第2款 労務費
  第3款 経費
 第2節 一般管理及販売費ノ要素
 第3節 原価ニ算入シ得ザル項目
第3章 原価計算ノ方法
 第1節 製造原価計算ノ方法
  第1款 部門費計算
  第2款 個別原価計算
  第3款 総合原価計算
 第2節 一般管理及販売費ノ計算
第4章 工業会計ノ勘定及帳簿組織

  適用範囲こそ異なるものの,強制適用という点で先行した陸軍「要綱」と比較すると企画院「要綱草案」の主要な特徴は以下の点にありました。

① 陸軍「要綱」が4章構成の100条からなるのに対し,企画院「要綱草案」は4章構成の47条からなる簡潔なものとなった。

② 異なる二つの目的を以下のように並列的に規定していた。
「本要綱による原価計算の目的は,製造工業に於ける正確なる原価を計算し以て適正なる価格の決定及び生産能率増進の基礎たらしめ,高度国防国家の確立運営に資するに在る。…この二つの目的を同時に達成せしむる為,統一的に之を実施せんとするのが本要綱に依る原価計算の目的である。」
 ドイツの「公的注文品価格算定要綱」(1938年)は,調達価格または公定価格決定目的(直接的経理統制)を目的とし,「原価計算総則」(1939年)は原価比較による経済性の管理目的(間接的経理統制)を目的とするものでした。しかし,「製造工業原価計算要綱」(1942年)については,これらの両方を目的とするという点で,どっちつかずのものでした。さらに調達価格や公定価格決定に不可欠な利潤算定要領も別個に制定されませんでした。

③ 陸軍「要綱」が一般管理費及び販売費を別々に計算させていたのに対し,企画院「要綱草案」は営業費として一括していた。
 しかし,陸軍「要綱」においても,その「陸軍軍需品工場事業場原価計算要綱運用方針」(陸支密第268号)の9では,「一般管理費及販売費(販売間接費)は之を区別して計算するを可とするも、計算の便宜上之を一括して処理することを得」としていました。

④ 勘定組織の統一化の強調
 第46条では,「工業会計に於ける勘定組織は業種,経営規模其の他の実情に応じ適当に之を定むべきも,概ね左の基準に依り分類す」として以下の勘定を挙げていました。
 1 静止勘定
 静止勘定とは原則として営業年度計算にのみ関する勘定にして,事業年度 中は特別の場合の外記帳されざるものを謂い,固定資産及び資本勘定の外長期の債権及び債務勘定を含む
 2 財政勘定
 財政勘定とは現金取引及び短期信用取引に関する勘定を謂う(例示省略)
 3 原価計算外損益勘定
 原価計算外損益勘定とは事業の目的たる製品の製造及び販売に関連せざる損益要素に関する勘定を謂う(例示省略)
 4 製造原価要素勘定
 製造原価要素勘定とは製造原価要素に関する勘定を謂う(例示省略)
 5 部門費勘定
 部門費勘定とは部門費を集計する勘定を謂う。部門を区別せざる個別原価計算の場合には別に間接費を集計する勘定を設く
 6 製造勘定
 製造勘定又は仕掛品勘定とは製造原価を集計する勘定を謂い,工程別綜合計算に在りては各工程の勘定は各工程の製造原価を集計する勘定たるものとす
 7 製品,半製品勘定
 製品,半製品勘定とは製品,半製品,仕損品,副産物,作業屑等の受払を 整理する勘定を謂う
 8 一般管理及販売費要素勘定
 一般管理及販売費要素に関する勘定を謂う
 9 一般管理及販売間接費勘定
 一般管理及販売間接費を集計する勘定を謂う
 10 差額勘定
 材料費,賃金,製造間接費,一般管理及販売間接費等の計算を予定に依りて為す場合,其の実際額と予定額との差額を処理する勘定を謂う
 11 売上品総原価勘定
 売上品総原価勘定とは売上製品,売上半製品の総原価を集計する勘定を謂う
 12 売上勘定
 売上勘定とは製品,半製品,仕損品,副産物等の売上に関する勘定を謂う 
 13 月次損益勘定
 月次損益勘定とは事業本来の目的たる製品,半製品等の売上に因る売上損益を月次に計算する勘定を謂う
 14 年次損益勘定
 年次損益勘定とは事業全体の損益を年次に計算する勘定を謂い,売上損益の外,営業外損益を計算するものとす

 第47条では,「原価に関しては概ね左記各号の帳簿書類を設けて之を記録計算す」として以下の帳簿書類を挙げていました。

1 製造命令に関する書類
2 材料及び材料費に関する帳簿書類
3 労務費に関する帳簿書類
4 経費に関する帳簿書類
5 部門費の計算に関する帳簿書類
6 製造原価の集計に関する帳簿書類
7 製品,半製品,仕損品,副産品,作業屑等に関する帳簿書類
8 一般管理及販売費に関する帳簿書類
9 総原価に関する帳簿書類
10売上に関する帳簿書類
 勘定と帳簿書類について,陸軍「要綱」では,上記の列挙に続いて,それぞれの記入法等の詳細な説明がなされていましたが,企画院「要綱草案」では,上記の列挙のみでした。

⑤ 役員報酬と並んで,個人事業の事業主報酬についても適当な額を見積もって営業費目に算入しうるとした。

⑥ 商工省準則以来、陸海軍規定に至るまで伝統的に認めてきた等級別総合計算を削除し,等級品別製品計算を加えた。また,新たに加工費別総合計算を提案していた。

このことについて,当時,太田は次のように解説しています。
「陸軍の要綱には,この外に等級別総合計算なる一種類が加えられている。けれどもこの等級別計算は総合原価を単位別に分解する方法であって総合原価の算定までには直接の関係を及ぼすものではないからこれを除外したのであって此の個条で示す方法上の種別はどこまでも総合計算の計算に止まるのである。製品の単位原価への分解には単純分解と等級分解とがあるわけであり,後者の計算方法については第41にこれを規定したのである。」(太田哲三1941,27頁)

⑦ 仕掛品の評価について,陸軍「要綱」においては評価が困難な際の便法として完成品の5割と見なすという規定(第53条)があったが,これが削除された。

⑧ 陸軍「要綱」にあった,伝票類3年,帳簿書類10年の保存義務の規定が削除された。

文献

太田哲三1941「製造原価計算要綱解説(五回)」『原価計算』第1巻第5号。

----1968『近代会計側面誌-会計学の六十年-』中央経済社。

黒澤清1980「中西寅雄と日本の原価計算」(中西寅雄1980『中西寅雄 経営経 
 済学論文選集』千倉書房所収)。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?