オサレな中二病たちが闊歩する幻想の江戸時代! さとうのら『傾中』が凄え。

 敷居さんが見つけてきた『傾中(かぶちゅう)』というネット小説が面白いです。あまりに面白いので、熱烈な讃仰記事を書いたのですが、読み返してみたらさすがに大げさすぎないかと思ったので、ボツにしました。それをこちらで公開したいと思います。

 ちなみに『傾中』の正式な記事は、全編を読み終えしだいあらためて書く予定。下に書いている通りやたらに面白いので、ぜひ読んでみてください。なお、この記事も投げ銭仕様で、最後まで無料で読めますが、購入も可能です。


 時にはあるものだ。書き手の狂気が渦を巻き、読む者を圧倒し果てしなく続く、奔流のような小説が。また、時にはあるものなのである。悪夢と思しい血みどろのヴィジョンを背景に、剣と剣とがせめぎ合う、奇っ怪な夢幻活劇が。

 しかし、狂気と幻視を、奔放と剣戟を、さらには闇黒と陽光を、並立させ、対決させ、融合させうるほどの作品となると、これは実に数少ない。ぼくの記憶にある限りでも、指折り数えられようほどでしかない。

 例えば、国枝史郎『神州纐纈城』がたしかにそのような一作であった。そこにあったものは血いろの幻想、狂乱の舞台と風雲の物語。史実をも折り曲げ、運命をも弄ぶその無二のイマジネイションは、いま思い返してみても、まったくみごとなものだったと思う。

 しかし、吾が魂はいまなお飢えている。どこかにないものか、血沸き肉踊り、神経という神経を電流が貫くような、魂魄の奥深く眠る「物語本能」が刺激されてやまないような、そんな狂雲のような作品が。――あった。

 さとうのら『傾中〈かぶちゅう〉』。 

http://ncode.syosetu.com/n9111bw/

 凄え。これは凄え。「小説家になろう」で連載中の、星の数ほどの作品群に埋もれた一作であるが、凄え。心底凄え。嗚呼、何という絢爛たる中二病の世界。何と花やかな、何とおごそかな、それでいて荒唐無稽な、凄絶無比な世界であることか。

 血いろの夢を見たいと望むすべての人々に本作を推薦する。集まれ。そして読み耽るがいい。読み進めれば進めるほどに、暗黒の胎動はいや増してゆき、その昏い奇想に魅了されることだろう。こいつはちょっと違うぞ。

 物語の背景は天下分け目の関ヶ原より一年後。蛇孕村なる奇妙な名を持つ村を舞台にすべては始まる。しかし、これは尋常の時代小説ではない。

 この世界において跋扈しているのは、傾奇者ではなく〈中二病〉なる異常者たち。そしてまた、〈絶対者(チート)〉と呼ばれる異能者たちである。いったいどこで何が狂ったのか、この世界の神州においては漫画やら動画が氾濫し、ありとあらゆる武将や英雄たちがことごとく〈中二病〉に罹患しているのである。

 何と莫迦莫迦しいこの着想。しかし、これはやはり才能である。少なくともこんなふうにあたりあえの時代小説に「オサレ」やら「中二病」といった言葉を放り込む神経を尋常ではない。

 そして、その設定を背後に繰りひろげられる展開は、あまりに正統な、いたって至純な、王道の陰謀と活劇の物語なのである。まさに目も綾な、しかしいかにも阿呆らしい幻想の江戸時代。いっそ「伝奇小説2.0」とでも呼びたくなるような、奇想天外なイマジネイションの反宇宙がここにある。

 むろん、ただそれだけのことならば、単なる一時の思いつきと振り捨てることもできる。しかしこの小説、じっさい、面白いのだ。

 そう、『傾中』はエンターテインメントとしての「ベクトル性」を高い水準で備えている。もっと、もっとと読者を常に飢えさせる、あの魔力をたしかに持っている。

 血風渦巻く蛇孕村に集まった命知らずの〈中二病〉たちを待つものは、死骸と成り果てる運命か、それとも勝利の呵々大笑か。美貌の主人公とチートのヒロイン、次々に登場する〈中二病〉たち、様々な宿命、相次ぐ剣戟、そういったものすべてが息をもつかせぬ興奮の渦に読者を叩き込んでゆく。

 ほんとうにこういうものを読みたくて、ぼくは読書をしているのだと思う。血と暴力、快楽とエロス――国枝史郎や、そして山田風太郎が視た夢を、はるかに現代に合わせてバージョンアップした「新しい伝奇時代小説」がここにある。

 テレビドラマでも時代劇が寂れてしまったこの昨今、はやらない趣向ではあるかもしれぬ。しかし、ぼくはあえて全面的に肯定したい。読むべし。読むべし。読むべし。読むことの快楽と豊穣がここにある。

 それにしてもいったい、花やかにオサレな〈中二病〉やら絶対無敵の〈チート〉やらを巻き込んで、お話はどこへ進んでいくのであろう。物語はまだ未完で、先の展望もよくわからないから、あるいはガッカリ、つまらないところに落着したということになるかもしれぬ。

 しかし、おそらくはそうではない、先へ進めば進むほどに、陰謀は渦巻き、主人公は戸惑い、さらに混迷は深まってゆくに違いない。だから、そう、この、いっそ淫らなほどに豊かな物語世界にしばし耽溺しようではないか。一期は夢よ、ただ狂え。

 ちなみにこの作品、いまのところわずか105ポイントである。何かがおかしい。誰かが「もっと評価されるべき」タグを付けてもいいところなのではないだろうか。いや、そうするべきだ。

 妖異変幻ただ事ならぬ、天外の奇想と地獄の幻夢が相合わさった一大伝奇活劇絵巻――。奇才入神のこの一作。皆々様には刮目して見ていただきたい。いま、最注目のハイパーエンターテインメントノベルなのである。

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