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偶然の出逢いを大切に。

見知らぬ人との会話が人生を大きく変えた。

その日は朝から長野県に向かっていた。8:00の八王子駅。絵の制作依頼をいただいたので、依頼主に会いに行くため、 JR中央特急「あずさ2号」松本行きへ乗車。私が購入した指定座席の隣の席に、その方は座っていた。


目的地まで2時間ばかし。私は座席に着くなり徐に画材を広げ、描き途中であった別の依頼絵を進める。ふと、隣のご婦人が話しかけてきた。

「大仏を描いてるの?」

大仏は描いていなかった。和装で座禅をしている男性の絵だったのだが、まだ線画のみで、色をつけていなかったからか、ご婦人には其れが大仏に見えたらしい。

見知らぬ人に話しかけられるのは嫌いではない。むしろ嬉しい。旅先の偶発的な出会いが私をどこへ連れていってくれるのか、そんなことにも興味があり、私は手を止め、そのご婦人との会話を楽しむことにした。


「今日はどちらへ?」と私。

「塩尻まで」とご婦人。

聞けばご婦人、石川さゆりのコンサートへ向かっていた。その日は塩尻市文化会館レザンホールで石川さゆりのコンサートがあるのだとか。なんでもご婦人は石川さゆりをデビュー当時から好きになり、子育てを一通り終えた今、全国各地の石川さゆりコンサートへ頻繁に足を運んでいるらしい。

マスク越しに聴こえる彼女の声色は明るく、言葉の一つ一つが弾んでいるように聴こえていた。よほど石川さゆりが好きなのだろう。

これほどまでに自分の心を向けられるものがあるということは、きっと素晴らしいことだ。現に、石川さゆりをにこやかに語る彼女は、私の目にはとても満たされているように映っていた。

私が生涯心を向けられるものは、間違いなく絵や漫画を描くことである。自分の中にある物語を、同じ境遇の人たちと分かち合いたい。その一心で筆を進める日々である。

しかし、今の私の空氣感はきっと彼女とは違う。私はまだ満たされてはいない。

願わくば1日の大半を創作活動に費やしたいが、現実はそうもいかない。活動のための時間とお金を作り出すことが上手くできていないのである。筆を進められるのは限られた時間だけ。日々の多くは、時間とお金を作り出すための作業に割いている。まだまだ、理想の状態には程遠いのである。

彼女のように、全国の石川さゆりコンサートに頻繁に足を運べるくらいの余裕があったら、、いや、そのために今を頑張るのだ。私も彼女と同じ歳になる頃には、満たされた人生でいよう。そのためにも今を頑張ろう。


そんなことを思った矢先。


唐突だった。



映画を一本薦められたのである。



石川さゆりが出演しているものらしい。

『PERFECT DAYS』

役所広司演じるトイレ清掃員の男性が、日常を繰り返す映画。とのこと。


あらすじを聞くや否や、私の好みであることは確信した。

私は小説でも音楽でも、人生を表現した作品が大好きなのである。脚色の薄い、ありのままを表現したような作品に自分を重ね、心を感じる時間が大好きなのである。

其れはさておき、

なんでも、この映画に石川さゆりがスナックのママ役で登場するらしい。作中では生歌をワンコーラスだけ披露されているらしいのだが、その楽曲を先日のコンサートではフルで聴けたと、ご婦人はまたまた笑顔で語ってくれた。

結局私はご婦人の話に夢中になり、降りるはずの駅を一駅飛ばしてしまった。



……



後日、日中の仕事で疲れ切った私は、夜の作業を諦め、ご婦人に薦められた『PERFECT DAYS』を鑑賞した。


これがど真ん中だったのである。

私のど真ん中に響く作品であったのだ。


内容は確かに、何の変哲もない、役所広司演じるトイレ清掃員、平山さんの日常。

墨田区の手狭なアパートで一人暮らし。まだ日が昇り切らないうちに起き、お決まりのルーティンをこなしたあと、車で家を出る。都内にある幾つかのトイレを順々に周り、掃除。夕方前には帰宅し、今度は自転車で家を出る。銭湯、居酒屋と巡り、二度目の帰宅後、読書をしながら眠りに就く。

それが彼にとっての完璧な日常であり、その中で人間関係の些細なトラブルに見舞われ、完璧な日常が少しずつ崩れていく。

そんな映画である。

「崩れていく」といっても高が知れたもの。

我々の身にも起きるようなことばかりで、流行りのエンタメ映画ほどに刺激的な何かが起こるわけでは決してない。

しかし、前途したように、私はそんな作品こそ大好きなのである。

この映画の中に、平山さんの確固たる人生観があった。彼の何もかもが私の心に反芻した。重なる部分は多く、また、彼に届きたいと強く思った。彼の生き様にたまらなく心動かされてしまったのである。映画の節々で、私は涙を浮かべていた。


なんという作品がこの世にあるのだろう。

鑑賞後、私は映画を教えてくれたご婦人に深く感謝した。

この時から、私の人生の最終目標が替わってしまったのである。




『PERFECT DAYS』のような作品を作ること。

私が思う最高の人生作品を作り、届ける。


これが私の人生の最終目標になった。


50代のうちに其の作品を公開し、同じ境遇の方々と感情を分かち合う。

これが叶えば私は、あのご婦人のように満たされた余生を過ごすことができるだろう。



自分の人生にこれほど影響を及ぼす作品との出逢いのきっかけが、特急電車にたまたま乗り合わせた見知らぬご婦人との会話とは、


ご縁とは本当に不思議なものだ。


もしあの時、特急電車の指定席を選び違えていたら、長野へ行く日をその日に決めていなかったら、私が電車内で絵を描いていなかったら、私が電車内で絵を描くことに集中し切っていたら、、、。

挙げればキリがないのだが、

間違いなく、全ての事が絶妙に噛み合って今が在る。私が選んだ一つ一つの行動が今を引き寄せているのである。

感謝を述べる対象にも限りがない。

無論、石川さゆりにも感謝である。




あのご婦人には直接お礼を述べたい。

連絡先を交換したわけでもないから、私が其のために動かなければ会うこともないだろう。

今、私は石川さゆりを聴いている。

石川さゆりの魅力にも少しずつ惹かれていて、普段は全く聴かない歌謡曲からふんだんに人生を感じている。この歳になって、歌謡曲の魅力に氣づかされる。

石川さゆりの世界にも血を通わせていこうと思う。

またご婦人にお会いできることを信じて。


そのときには私も、今より心満たされている私で在りたいものである。

其のためにも、今を大切に生きていく。

今できる精一杯を、日々繰り返していくのみである。






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