ANOTHER LIFE ANOTHER


「では…菜花つくしさん。改めましてノーベル医学賞受賞おめでとうございます」

インタビュアーが私に対して質問をする。

「菜花さん。すごく勇気のいる手術だったかと思います。初めての手術の際の心境を教えていただけますか。」

「そう…ですね。もちろん緊張感はありましたがそれ以上にこれから彼がどうなっていくのか。そんな楽しみの方が強かったです。色々な意味で彼には感謝をしたいです」

そう。私は彼に感謝しなくてはならない。

私は小さい頃から彼が好きだった。

彼が野球を始めたのをきっかけに私も野球が好きになった。将来プロになったら彼をサポートしたい。そんな思いもあった。

父は街で診療所をやる内科医 母は小児科医だった。

怪我や病気で苦しむ人ももちろんだが私は彼が病気や怪我で悩んだ時に治してあげたい。と思っていた。

きっと他人から見ればなに不自由ない生活を送ってきたと思われているんだろう。でも、私の人生にもそれなりに思うようにいかない事があった。

彼には好きな人がいた。

相手は私の幼馴染。小さな頃から彼と私と彼女は一緒だった。

彼女が嫌なやつだったら…なんて思うことも沢山あったけど美人で性格もいい。非の打ちどころのない私も自慢の幼馴染だった。

私は彼への気持ちを封印しつつ勉強に毎日励んだ。勉強はやればやった分だけ報われる気がしていた。

もしかすると彼女も彼も私の気持ちに気づいていたのかもしれない。2人が付き合うことは無かった。

彼女がテレビに出始め、彼は地元の球団からドラフト指名を受けた。
私は運良く医大に現役で合格した。

きっと皆がそれぞれの道を歩んでいくんだろう…なんて自分に言い聞かせていた時に地元の新聞に彼がキャンプで故障したニュースを見つける。

私は彼に会いにキャンプ地の鹿児島まで飛んだ。大学には親戚の不幸と伝え休みをもらう。

「あら。いらっしゃい。ごめんなさいね。今日は満室なのよ」

受付のホテルのおばちゃんは申し訳なさそうに頭を下げる。

「いえ。いいんです。ユウ…じゃ無かった野々宮選手は戻ってきてますか?私…友達なんですけど怪我したって聞いて」

「あらー?あなたユウちゃんの彼女かしら?あの子も野球に集中したいとか言ってファンの女の子のプレゼントは断ってたけど彼女いたのね。可愛い顔してるものね」

おばちゃんは笑顔で話し続ける。

「いえ、本当に友達なんです。幼馴染でして…」

私はおばちゃんの圧に苦笑いしながら答える。

「まぁいいわ。ユウちゃんなら今リハビリだからもう少ししたら帰ってくるわよ。そこで待ってて。帰ってきたら声をかけるわ」

そう言っておばちゃんはロビーの方を指差した。

しばらくすると

「つくし?なにやってんだこんなところで?学校は?」

懐かしい声。私はこのいつも明るい声が大好きだ。

「会いにきちゃった。怪我したって聞いて。大丈夫?」

彼は驚いた様子だった。リハビリ後だったが許可をもらって散歩に出る。

「いやー…焦ってんのかなぁオレ。海はもうあんなにすごくなっちゃったしお前も医者の卵だろ?オレも努力が足りないんじゃないかっていつも思うんだよな」

やっぱり彼の目標は彼女。私は…おまけとまではいかないけれど2番目と言う感じのセリフだった。

「うーん。ユウはよく頑張ってると思うよ」

なんとなく歯切れの悪いセリフ。

「そうかな…すっげー悔しいよオレ。せっかくプロになれたのに思うようにいかないことばっかりでさ」

彼は珍しく落胆している。泣いているようにも見える。
高校最後の試合で負けた時は涙一つ見せずに最後にエラーしてしまった仲間を笑顔で励ましていたのに。

「ユウ…私ね。ユウの力になりたいの。今はまだ医大生だけど卒業したら整形外科医を目指そうと思ってる。ユウが怪我した時も力になってあげたいの」

「つくし…」

彼は黙って私を見つめる。

「辛い時は辛いって言ってもいいんじゃない?もし頼れる相手がいないなら私が力になるよ」

そう言って笑顔でユウを励ます。

しばらく流れる沈黙。

ユウも相当参っていたのだろうか。私にキスをする。

しばらく黙った後、私たちは手を繋いでホテルまで帰った。

おばちゃんに挨拶をして私は帰ろうとする。

「よかったわね。あなたの様な彼女がいればユウちゃんも安心だわ。千葉まで帰るの?気をつけてね」

おばちゃんは知ってか知らずかそんな言葉を言って私を見送ってくれた。

彼はその後順調にプロとしてキャリアアップしていった。彼女もどんどん有名になって遠い人になっていく。

私は…悩んでいた。

両親に整形外科医を目指すことを反対されていた。

将来は自分達の医院を継いでほしかったらしい。

確かにうちの医院にはリハビリなどをするスペースは無く継承は難しいと感じていた。そんな悩みから逃げたくて海外への留学も考えていた頃だった。

そんな時に限って彼が彼女と対談の企画が入ったと連絡が来る。
私はその日久しぶりに休みで将来の事を彼に相談をしようと思っていた。

「ユウは私の事を好きって言ってくれたことは一度もない」

今まで胸の奥底に眠らせていた本音をついつい爆発させてしまう。

彼女からは
「対談の仕事の後にご飯を食べるから久しぶりに3人でどう?」という連絡をもらった。

本当に彼女が嫌なやつだったら…割り切れるのに…

そんな思いの吐き出し口が無くなった私は憂さ晴らしにちょっとしたイタズラをしてしまう。
軽い気持ちだったがその代償は大きかった。

翌々日、彼と彼女の事がテレビで取り上げられる。

私が。軽い気持ちであんな事をしたから…そう思いながらも私は彼への気持ちを封印するのに限界がきてしまう。

彼の試合後に彼女に電話をかける。

「もしもし。私。ごめんね。海。週刊誌に電話したのは私。私はあなたとユウの気持ちにもずっと昔から気づいてた。でも私も同じくらいユウが好きなの。渡したく無かった…。
私…親に勘当される覚悟で医大を辞めようと思う。海にはその覚悟がある?もし迷ってるなら…私がユウの力になる。」

そう言って電話を切った。

海からはそれ以降返事や連絡はなかったけれど彼がその後すぐ電話をくれたことや週刊誌の記事が差し替えられたのを見て私は彼女が女優を目指すことを決意したと分かった。

残念ながら彼女とは疎遠になってしまった。私はどこかしこりが残った生活をしながらも子宝にも恵まれもともと留学予定だったアメリカにも彼の妻としていく事ができた。

世界を騒がせた感染症の影響で彼はアメリカで野球を続けるのが難しくなり日本に帰ることになってしばらくした頃。

彼女が失踪した。
というニュースが流れる。

ワイドショーでは
「感染症のストレス。作品に対する誹謗中傷。」
などと言われていたが私はあの時電話しなければこうならなかったんじゃないか。とずっと心のどこかで思っていた。

彼女の心の拠り所を奪い思い詰めさせてしまったのは私なんじゃないか…

そう思っていた。

彼もどこかにそんな思いがあったのかもしれない。それ以降は益々仕事に精を出しどこで知識をつけたのか年俸を運用したりして野球以外の事も色々やり始めた。

彼に離婚を言い渡されるかもしれない。

そんな事を考えながら私は年老いていく。

子供たちも独立し、私も年齢のせいだろうか色々体に不調が出てきたある時。

彼が今話題の過去旅行のスーツを買ってきた。

「そう…やっぱり時間を戻して海とやり直すのね」

私はそう思って彼を送り出すつもりでいた。

彼は首を横に振る。

「違うよ。オレはつくしに過去に戻ってやり直してほしいんだ」

彼は笑って私にそう答えた。
彼は私に私が残した遺言を伝える。
まさか彼がもう一つの人生でそれを聞いて過去に戻ってきたなんて思いもしなかった。

彼が急にお金を運用したのも私を遥か昔に戻すためにお金が必要になるとわかっていたから。
彼女を過去に飛ばしてこの世界では行方不明になってしまったのも彼…というか私がした事だった。

私は彼に促されて過去へ飛ばされる。
彼は昔怪我した時と同じで涙を浮かべて見送ってくれた。

ねえ。ユウ。最後に大好きと言ってくれてありがとう。

過去の彼女と彼のニュース後の登板日に私は飛ばされた。
飛んだ瞬間記憶が飛ぶのは過去旅行の今後の課題だろう。

私は試合終了とインタビューを見届けて電話をかける。

今度は彼女では無く彼に。
お別れを告げて彼女の支えになってほしい事を伝える。それともう一つ。

「あなたは将来アメリカに行く。色んな事があると思うけどあなたはきっともっと野球を続けたいと思っても難しい時がやってくる。その時には私を頼ってほしい。その時だけは私がユウの力になるから」

そう伝えて電話を切った。

そして私はもう一つの夢。彼をサポートするために留学しとある研究を進める。

研究も順調に進み臨床でどうなるかという課題が出てきた頃だった。

彼が怪我により現役引退をするというニュースがアメリカにも入ってきた。

サイ・ヤング賞も取ったスターだからこっちでもニュースになる。それは私でも容易に想像がついた。

おそらく私の事を忘れてると思ったが彼から私を訪ねてきた。

「久しぶりだな。ずっと前に来てくれた時もオレは怪我してたけど完全試合の日にもらった電話をふと思い出してさ。会いに来たよ」

彼は変わらない笑顔で私に話しかける。

「久しぶりね。海とはうまくいってる?」

私は笑顔でそう話しかける

「おい…まだ根に持ってんのか?」

彼は恐る恐る私に聞く。

「そんなわけないでしょ。私が送り出したんだから。それより今日は…」

私は本題に入る。

「えっ?それ本気で言ってるのか?そりゃもう引退した身だしリスクは限りなく低いけど」

「大丈夫。この手術は成功してあなたはもう一度プロの舞台に立てるわ。だってね…」

私は嘘の様な話を彼にする。

彼は信じてくれたかどうかわからない。

でも彼はもう一度野球がしたいという思いで私に賭けてくれた。

「ええ。幼馴染と言うこともありましたが私はプロに入ってからも彼が楽しそうに野球をする姿が大好きでした。今もそれは変わっていません。彼が最後まで笑って野球ができる夢を叶えられる事に喜びを感じています…」

私は一呼吸置く。

「ユウ。ありがとう。愛してる。」

そう心の中で思ってインタビューを終えた。

インタビューを終えた私は日本へ帰国する。どうしても見たい映画が1本あるのだ。

彼女の最後となってしまったあの作品。
当時は後ろめたさもあって見る事ができなかった。

「ANOTHER LIFE」

ラブコメディらしいけど私は泣くと思う。


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