不倫にまつわるエトセトラ①

〜SIDE A〜

「奥様とは遊びです。申し訳ありませんでした。」

目の前にいる男が頭を下げている。その横にいる妻は下を向いた。不倫した男が言うありきたりなセリフ。某まとめサイトの不倫版でもしょっちゅう出てくるあのアレか。なんて聞きながら思っていた。妻も

「違うの。誤解なの」

とかよくあるテンプレートのようなセリフを吐いている。まだ何か話そうとしていたがどうせテンプレートの羅列だ。僕は言葉を遮って怒鳴る。

「冗談じゃない。遊びで僕の家庭は壊された。壊れた家庭はもう2度と戻らない」

これもありきたりなセリフ。

令和になって不倫をする有名人は仕事も無くなる。未だにコンプライアンスの概念が昭和から変わってないこの2人。
きっと全国には今でも何食わぬ顔で不倫をするバカどもが山ほどいるのだろう。

こいつらは氷山の一角に過ぎない。

「慰謝料は必ずお支払いします。どうか穏便に」

不倫しておいて穏便に…この男は本当にふざけている。

「話にならない。悪いが僕は穏便に済ますつもりはないよ」

慰謝料程度で済ませるから不倫なんていう本人達がスリルを楽しむ以外誰になんの利益も生み出さない愚かな行為をする輩は減らないのだ。

もう既に知っていたがこのバカ男の免許証をコピーさせてもらう。携帯の番号も確保した。

「また後日連絡する。今日はお帰りいただいて結構」

そう伝えると冴えない男はそそくさと我が家から出て行った。

壊れた我が家の代償は必ず払ってもらう。お前も大切なものを奪われる気持ちを味わえばいい。そう思って僕は自室に篭りある計画を実行に移すことにした。

僕は中学生の時にいじめにあっていた。
父は僕が小さい頃に外に女を作ってどこかへ行ってしまったらしい。だから父の顔も知らなかった。
母は昼も夜も働いて女手1つで僕を育ててくれた。

ありがたいことに僕は容姿だけは恵まれていた。きっと母譲りだろう。学校の女性から告白されるなんてことは良くあった。そんな僕に嫉妬したのだろう。ある同級生から「他人の女に手を出すな。慰謝料を払え」などと因縁をつけられては金をせびられた。もちろん当時の僕にお金なんてあるはずは無く金を持っていないと分かると腹いせに殴られた。
無駄に賢い奴らでバレないようにと顔だけは殴られなかった。幸か不幸か僕の顔は綺麗なままだ。毎日忙しくしている母にも言えず僕は毎日奴らの気がすむまで耐える毎日だった。
担任はそこまで歳の変わらない化学の先生だった。今後も長く教師をしたかったのだろう。体裁的にホームルームなどは実施していたが本気で解決するつもりはなかったらしい。一度いじめのことを直談判したが取り合ってもらえなかった。

中学の反省を活かして高校は皆があまり受験しない少し遠くの高校を選んだ。母を少しでも助けるために僕はガソリンスタンドでバイトを始めた。そこでも大して年齢の変わらない社員にいじめられていた。時給が良かったから母のために長く続けた。今でも身体の火傷の跡はのこったままだ。

大学なんてもちろん行けず僕は地元を離れて夜の店で働き始める。自分にある唯一の武器はこの容姿だけだった。
毎日浴びるように酒を飲まされては吐き先輩からいびられる酷い生活だったが他に行くところがなく続けるしか無かった。ありがたいことに色々な女の家に転がり込めたので寝る場所には困らなかった。

何ヶ月か経った頃 母が亡くなった。

若い頃からの無理が祟ったのだろう。しっかり供養したかったのだがそんな金も無く俗に言う無縁仏という形で供養された。

まだ成人式も迎えていないのに夢も希望もない僕に転機が突然訪れる。

父と名乗る人物が現れたのだ。

地元なら誰でもしっている有名企業の社長。それが僕の父だった。母が言っていた女を作って出て行ったなんていうのは真っ赤な嘘で母は愛人の女だったのだ。

父と名乗る男は私に就職先を紹介してきた。自分の会社だ。本来なら自分の子供に後継者にしたかったのだが女性ばかりらしい。僕はその話に乗ることにした。

配属された先は営業課だった。学歴もない僕に同僚は皆不思議な顔を最初はしていた。今までビジネスマナーなど学んでこなかった僕は初めは毎日怒られる日々が続いた。でもあの頃のように殴られることはないし生きるか死ぬかの命の危険を感じることはない。そう思うと楽に耐えられた。

母は嘘をついていたが僕は恨むことは無かった。母のおかげでまともな職に就くことができ、母のおかげで毎期営業成績はトップだった。社内では異例の速さで出世しマネジメントを任されるようになった。

仕事と違い私生活は順風満帆とはいかなかった。

父と名乗る男からは結婚しろと言われ続けていたが僕は夜のお店で働いたせいで女性という生き物に辟易していた為どうしても乗り気になれなかった。お見合いを何度も薦められたが全てお断りをしていた。部下からは同性愛者の噂を立てられる始末だった。

父譲りだったのだろうか。自分の状況的に会社の上層部へもはっきりと文句を言いやすかった僕はありがたいことに部下からは慕われていた。そして最年少営業部長になるらしいなんて社内で噂が立ち始めた頃だった。

課の飲み会の後僕はお金を渡して部下達と離れ1人になった。そして行きつけのBARに入る。会社からも歩くと少し距離があり社内の人間は誰もこない。経営的に大丈夫なのだろうか。客はいつも少なかった。

いつもはガラガラのカウンターに先客がいる。見た目は地味だが容姿はそれなりに整っていた。この店では見ない顔だった。

先客から少し離れた場所に腰掛けた僕はいつものジントニックとミックスナッツを頼んで出来上がりを待つ。ここからだと先客の顔がよく見える。向こうはこちらに気づいたのか席を移動して僕の近くに座る。急に彼女は口を開く。

「お兄さんは浮気したことありますか?」

この女は何を言ってるんだろうか。聞こえなかったフリをして無視する。

「ちょっと!そこのお兄さん!あんたしかいないでしょ!」

彼女は話を続ける。

「なんですか?一体」

そう返すと彼女は勝手に身の上話を始める。彼氏にフられたというどうでもいい話を延々聞かされる。相当飲んだのだろう延々と同じところを繰り返し話していた。壊れたビデオテープのように。しばらくすると酔い潰れて寝てしまった。

閉店時間が過ぎても彼女は起きなかった。仕方ないので彼女の分のお会計も払いタクシーに乗って近くのビジネスホテルの1室に彼女を寝かせた。会計を済ませて自宅に戻る。彼女の壊れたビデオテープのような話を思い出しながら僕は眠りについた。

翌日、会社に行くと来客がいた。昨日の壊れたビデオテープ女だ。ホテルで僕の連絡先を聞いたのだろう。会社名も書いてしまったのは失敗だった。お詫びをさせて欲しいとあまりにもしつこいので食事の誘いを受けることにした。

食事の席でまた彼女の身の上話を聞く。今まで散々な人生だったらしい。ギャンブル好きの男・酒を飲むと暴れる男・ニート。ダメ男のコレクションを総なめにしてきたような男性遍歴。今度こそはと思った真面目で地味な男は実は既婚者だったそうでヤケになって見知らぬ土地で飲んでいたところを偶然僕に出会ったというのだ。容姿はそれなりに整っているのに何故か男運がない。

彼女の話は容姿しか取り柄のない自分のもう一つの人生を見ているようだった。

なんとなく共感してしまったからだろうか。僕は彼女に普段なら絶対に言わない身の上話をしてしまう。笑い話のつもりだったのだが話が終わる頃彼女は泣いていた。

彼女も自分と重ね合わせたのだろうか。それはわからなかった。しばらくして僕はこの壊れたビデオテープ女と結婚することになる。

最初は父と名乗る男の期待に応えるだけのつもりだったのだが結婚してからも案外居心地が良く順調な生活だった。僕の全てを見せてしまったからだろうか。気を使うこともなく取り繕うこともなかったのが大きかったのかもしれない。

父と名乗る男は「早く子供を作れ」と僕には言ってきていたがそこだけは順調にはいかなかった。

営業部長に昇進してしばらく経った頃父と名乗る男が身体を壊した。母と同様若い頃から働き詰めだったので身体にガタが来ていたのだろう。父と名乗る男は社長の座を退き後任に僕を任命した。

若くして父と名乗る男の会社を引き継いだ僕はお金に困ってはいなかった。

社長になって忙しくなりなかなか家でゆっくり過ごすことができなくなってしまった。でも今まで散々な女の嫌な面を見てきた僕は妻のちょっとした変化にいち早く気づいてしまった。

ポケットマネーで興信所を雇い調査を入れる。結果は案の定クロだった。今まで散々な目に遭ってきたのにこんな僕でも普通の生活がおくれる。と期待した自分がバカだった。
母の事は恨んではいなかったが時々お前が不倫さえしなければと思うこともあった。

ある日、興信所から連絡をもらった僕は仕事を急遽切り上げ自宅に戻る。バカな2人が自分達の欲求を発散させている真っ最中だった。

僕にはお金は必要ない。「たかが遊び」のせいで悲惨な人生を送った僕にとってその「たかが遊び」は絶対に許せなかった。その冴えない男が帰った翌日。僕は必要最低限働かずに暮らしていける資産を確保し自分の会社に辞表を出した。

家を出た僕は興信所の情報を元に懐かしい人たちに「挨拶」に行くことにする。

まずは中学時代に僕をいじめてた同級生のあいつ。最初に慰謝料だなんだとのたまわったやつだ。今は結婚して子供もいるらしい。

「久しぶり。覚えてる?」

彼は心底驚いた様子だったがどうやら覚えてくれていたようだ。荷物を車に積む手を止めて相手をしてくれた。

僕は昔こっそり忍ばせておいたレコーダーのデータを流す。当時の担任に聞かせた物だが念のため大事にデータを保管してあったのだ。

彼は怯えた目でこっちを見ている。

「奥さんと子供。大事だよな。ちょっと仕事を手伝って欲しいんだ」

僕は淡々と説明をし彼に携帯電話を一つ渡した。

次に僕はお世話になった先生に会いに行った。立派になった自分を見たら先生もさぞ驚くだろう。
お世話になった先生は教頭という立場になっていた。

同じようにボイスレコーダーを聞かせる。先生。あなたがこれを証拠品として確保していれば僕にこっそり盗聴されることもなかったのに。と思いながら先生に自分の罪を思い出してもらう。

「先生。偉くなられたんですね。これ。週刊誌に持ち込んだらどうなりますかね?」

先生は下を向いたまま何も返事をしない。

「先生。これを不問にする代わりにひとつだけお願いを聞いてもらえませんか?確か先生の専攻は化学でしたよね?」

僕は先生にも携帯を渡した。

最後に会いに行ったのは高校時代バイトでお世話になった先輩だ。
先輩は僕の事を忘れてしまったようだ。袖をまくり腕にあるタバコの跡とボイスレコーダーに撮ってあった音源を聞いてもらう。

「思い出しましたか?先輩は…なるほど。お子様がもうすぐご結婚ですか。これはおめでたい。」

興信所の資料を確認のために読み上げる

「大事な娘の結婚。破談にしたくないですよね?1つ仕事を頼んでもいいですか?」

そう言って僕は携帯を1つ渡した。

その後僕はしばらく顔の効くホテルでゆっくりと計画が進んでいくのを見守った。自宅に戻らずホテルにいたのは全てが終わるまでは行方を知られないためにだ。

ものの数日で計画は最終段階まで来た。翌日決行する旨を連絡し僕はゆっくりと朝まで眠ることにした。

翌日、僕は1本の電話をかける。

わざわざ我が家でことに及んでいたあの冴えない男だ。

「おはよう。といってももう昼過ぎか。僕の事を覚えているかい?」

声のトーンで男は僕が誰かわかったようだ

「も、もちろんです。慰謝料の件ですよね?」

こいつ…まだ慰謝料でなんとかなると思っていたらしい。

「あの時言ったろう?穏便に済ますつもりはないって。そもそも僕はお金を必要としていない。家庭も壊され仕事も辞めてしまったからもう失うものはないよ」

彼はしばらく黙った後

「で、では私は何をすれば…」

と動揺を隠せない様子で話す。

「僕からの要求はひとつだけ。今、外回り中だろ?会社に連絡して今日は早退させてもらうんだ。奥さん身重なんだろ?たまには早く帰ったほうがいいよ」

バカな男だったが僕が「何か」をした事に気がついたらしい

「お、お前…妻に何をした?」

「いいから早く帰ったほうがいいよ」

そう言って電話を切った。

僕はフロントに電話をして45分後にタクシーを呼んでもらうようお願いをする。
呼んだタクシーに乗り少しだけ寄り道をして自宅に行ってもらう事にした。

いつもなら寄り道をしても15分もあれば着くのだがタクシーは一向に自宅につかない。運転手が言う。

「お客さんすみません。どうやらこの先で大きな事故があったみたいで…」

僕は言う。

「いや、いいんだ。寄り道はやめていつもの道で帰ることにするよ」

そう言って運転手さんにルート変更をお願いし自宅に戻る。自宅に戻った僕は夕方のニュースをつける。夕方の地方ニュースには近くで起きた大きな事故のニュースと住宅街の火災のニュースが順番に流れた。

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